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予定外の三人
「――なんなんだ、お前は!」
「だからさぁ」
怒鳴り声とは対照的に、怜央の声はどこまでも呑気だった。
「そんな大きい声出さなくても聞こえてるって」
男はさらに顔を赤くし、テーブルを叩く。
「お前、ふざけてるのか」
「俺、至って真面目なんだけど」
怜央は肩をすくめると、周囲をぐるりと見渡した。
「ここ店だし。周りのお客さんにも迷惑だから、その辺でいいじゃーん」
一瞬、店内が静まり返る。
怜央は気にした様子もなく続けた。
「それに、俺そこまで契約したいわけじゃないし」
「……は?」
「だからおっさんとこの会社とは取引なしで全然オッケー」
あまりにもあっさりと言い切られ、男は言葉を失っている。怜央は椅子から立ち上がると、軽く伸びをする。
「俺、今日は奢ってもらう気満々だったからお会計だけお願いしまーす」
そう言って踵を返した怜央が、店内へ視線を巡らせる。その動きが、不意に止まった。
「……おっと?」
驚いたように目を見開いたまま、真っ直ぐ凪を見つめている。
「俺のハニーが、なんでここにいるのかな?」
店内に響くその一言に、凪は思わず額へ手を当てた。
嫌な予感しかしない。そして、その予感は大体当たるのだ。
「凪くーん。会いたかったよー」
怜央は迷うことなくこちらへ歩いてくる。
「こんな所で会えちゃうなんて、運命かな?」
人目など気にした様子もなく、凪たちのテーブルの横で足を止めた。
「仕事はどうしたんですか」
「何の話?」
きょとんと首を傾げる怜央に、凪は店の奥へ視線を向ける。先ほどまで怒鳴り散らかしていた男は、今もこちらを睨みつけたままだ。
「取引先だったんじゃないの」
「ああ、あれ?」
怜央は男を一瞥すると、興味なさそうに肩をすくめた。
「うるさい、おっさんだったね。ごめんね」
謝っているわりに、その口調に反省の色はほとんどない。凪は小さくため息をついた。
「俺に謝られても困る」
「ええ?」
「迷惑をかけられたのは店でしょ」
そう返すと、怜央は「あ、そっか」とあっさり頷いた。そして、不意に凪の向かいへ視線を向ける。
「あれ」
一之瀬は「どうも」と軽く会釈を返すと、怜央は不思議そうに首を傾げる。
「だれだっけ?」
一之瀬は軽く苦笑いを浮かべている。そんな怜央を見て、凪は思わず眉を寄せた。
「電車で会っただろ」
「あー!」
怜央はようやく思い出したように目を丸くする。
「先生ね。で、なんで俺のハニーとデートなんかしちゃってくれてんの?」
「そう見えます?」
一之瀬はくすりと笑った。
「嬉しいです」
「……一之瀬先生」
凪は思わず制止するように名前を呼ぶ。
「え、違うんですか?」
悪びれる様子もなく首を傾げる一之瀬に、怜央は「え?」と目を瞬かせた。
「凪くん。俺という男がいながらどういうこと?」
「意味が分からない」
即座に返すと、怜央は「ええ」と大袈裟に肩を落とした。
「朝まで一緒にいた仲なのに?」
「誤解を生むような言い方やめろ」
怜央は納得していないように口を尖らせる。そのやり取りを見ていた一之瀬が、小さく笑いを漏らした。
「すごく仲がいいのは分かりました」
茶化すような声音に、凪は小さく息をつく。
どこに行っても、いつの間にか自然と溶け込んでしまう性格も、誤解を生むような発言も、昔から何一つ変わっていない。
一之瀬はそんな二人を見て、どこか楽しそうに笑っていた。
「とりあえず俺もお邪魔しまーす」
「は?」
当然のように空いている椅子へ手を掛けた怜央に、凪は思わず声を漏らした。
「今日はお前とご飯食べに来たんじゃない」
「え、だめ?」
怜央は心底不思議そうに首を傾げる。
「俺は全然構いませんよ」
一之瀬は穏やかに笑うと、怜央はパッと顔を明るくした。
「先生、話分かるじゃーん」
凪は静かにため息をつく。
――結局、こうなる。
幼い頃から変わらない、怜央の自由奔放さに振り回される夜になりそうだった。
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