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始まりの日

春の柔らかな日差しが、保育室の窓から差し込んでいた。 お絵描きをする子、積み木で遊ぶ子、園庭へ出たくてそわそわしている子。 いつもと変わらない朝だった。 「みんな、新しいお友達を紹介します」 先生の声に、子供たちの視線が一斉に入口へ集まる。そこには、先生の後ろへ半分隠れるように、一人の男の子が立っていた。緊張したように小さく制服の裾を握りしめている。 「今日から一緒に遊ぶ、水瀬凪くんです」 教室の中が途端にざわついた。次々と声が飛び交う中、ただ一人だけ興味なさそうに窓の外を眺めている男の子がいた。周りの子ども達とは違い、新しく来た凪に視線を向けることもない。 「じゃあ、凪くんは怜央くんの隣に座ってね」 先生に促され、凪は小さく頷く。 教室の一番後ろ、窓際の席。ゆっくりと歩み寄ると、怜央はようやく窓の外から視線を外し、ちらりと凪を見た。 「……よろしく」 小さな声でそう言って腰を下ろす。怜央は凪をじっと見つめると、頬杖をつきながら首を傾げた。 「俺の隣に座ったってことは結婚したいってこと? 俺、きれいなお姉さんが好きなんだけど」 第一声がそれだった。意味が分からず、凪はぱちぱちと瞬きを繰り返す。 「……えっと、」 「だからごめんね」 怜央はあっさりそう言うと、また窓の外へ視線を戻した。凪は何も言えないまま、小さく俯く。 (……変な子) 凪が怜央に抱いた第一印象は、それだった。 「せんせー! 怜央くんがまた変なこと言ってるー!」 一人の園児がそう言うと、怜央はきょとんとした顔で目を丸くした。 「俺がモテるからって嫉妬しないの。ちゅーしちゃうよ」 「嫌だ!」 教室に笑い声が広がる。 「怜央くん、お友達を困らせちゃだめでしょ」 先生に優しく注意されても、怜央はまるで気にした様子もない。それどころか、先生の話は聞かず、凪の頭からつま先に視線を巡らせると、小さく口を開いた。 「先生。ひとつ聞いてもいい?」 怜央の問いに、先生は不思議そうに首を傾げた。 「ん?」 「なんか、凪くんって美人だね」 教室が一瞬静まり返る。 「俺、凪くんなら男の子でも結婚できるかも」 「れ、怜央くん?」 先生が思わず苦笑いを浮かべる。 「だから俺の隣なの?」 本人だけは妙に納得したように頷いていた。 その日を境に、怜央は何かと凪の隣へやって来るようになった。遊ぶ時も、お昼寝の時間も、お絵描きをする時も。 「凪くん、今日も美人だね。大好きだよ」 気付けば隣にいて、気付けば話しかけてくる。 最初は戸惑ってばかりだった凪も、その騒がしさが少しずつ当たり前になっていった。 そんな二人を見ているうちに、自然と母親同士も言葉を交わすようになった。園へ迎えに来るたびに立ち話を重ね、休日には一緒に公園へ出掛けるようになり、気付けば家を行き来する仲になっていた。 そんな関係は小学生になろうが、中学生になろうが、ずっと変わらなかった。そして、高校生になっても。あの日、保育園で始まった腐れ縁は、終わる気配などまるでなかった。

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