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第14話 見えない壁【SIDE ギルバート・ルフトシュタット】※

「そんな馬鹿げた提案など、呑めるわけがないだろう!」 トラオム聖教会、第一会議室。 上級司祭の定例会議が行われている。 大きな円卓に上級司祭が座っている。 それぞれかなり距離があり、司祭たちの心の距離を表しているようだ。 俺は護衛として会議を眺めていた。扉の側に立ち、部屋の中と外に注意を配る。 「図書館の一般市民への公開など……、必要ないに決まっている」 ベルトラム司祭が唾を飛ばしながら怒鳴っていた。 今回の議題は『トラオム聖教会の図書館を一般市民にも公開するべきか』だった。 提案したのはセオドア司祭だったが、発言した途端にベルトラム司祭に却下された。 ふたりの間で熱い議論が始まった。 「現在は教会関係者と一部の信徒のみですが、その範囲を広げるのはアリかと思いますが」 「どのくらいだ。まさか、平民にも広げるわけじゃないだろうな」 「まあ、平民全員というのは難しいかもしれませんけど。一定の納税記録があったりすれば信用にはなるかと」 こんなところまで身分制がはびこっているのかと知りゾッとした。 図書館を利用できる”一部の信徒”は、おそらく貴族だろう。 俺は公爵家に生まれてきたから、故郷でも王都でも、ほとんどすべての公共サービスを受けてこられた。 だが、まさか、図書館も利用できない人がいるとは知らなかった。 「そもそも平民に本など必要ない。使う頭がないんだ」 ベルトラム司祭がばさりと切り捨てるのを聞いて、気づかれないように唇を噛み締めた。 「そうですかねぇ。貴族だって、使う頭なんかないでしょう」 飄々とした様子で口を開いたのはアインホルン司祭だった。 ふたりの視線が彼に向かう。 「なんだと」 「あら、ご気分を害してしまいましたか。失礼しました。僕が言いたいのは、たかだか家の大きさで頭の価値を決めるのはもったいない、ということなのですが」 「馬鹿にしているだろう!」 憤慨するベルトラム司祭に、アインホルン司祭は肩をすくめた。 「そもそもオルフェリア聖書には身分制は記載されていません。国が勝手に作った制度ですよ。それを、聖職者である我々が、なんの疑問も持たずに教会に組み込むのはどうかと思うんですがね」 セオドア司祭はじっとアインホルン司祭を見つめていた。 その表情は、何かを警戒しているようだ。賛同者に向ける表情とは思えない。 アインホルン司祭はふたりの訝しげな視線を意に介せず続ける。 「必要としているひとへ、必要なものを。そう、手を差し伸べるのも我々の仕事だと思いますよ」 会議は平行線のまま終わった。結局、図書館の公開については持ち越しとなった。 上級司祭たちは顔も合わせないようにそれぞれの仕事へ戻っていく。 俺はセオドア司祭のあとについていた。 「ルフトシュタット様」 「はい」 「……アインホルン司祭について、どう思われました」 セオドア司祭は声を潜めて聞いてきた。あたりをちらちらと警戒しながら。 俺も声のトーンを落として答える。 「革新的な方だと。言い方は誤解を招きそうですが」 「そうですね、表向きはね。真っ当なんですけど」 「……彼が、なにか」 セオドア司祭は深いため息とともに呟いた。 「私が一番疑っているのは、アインホルン司祭なのです」 俺は息を呑んだ。 セオドア司祭は声を落として続ける。 「彼は教会の閉鎖的な体制について懐疑的です。すべて民は平等で、すべてを民に開放すべきだと。もちろん、彼の主張は理解できるし、この閉鎖的な体制も問題だとは思うんですが、ただ」 「ただ?」 「……公開すれば混乱を招く事項も、あります」 ちらりと俺の顔を伺うセオドア司祭の瞳には、ぎらりとした光があった。 ……”神の御許”を指しているのだと察した。 「市民を混乱に陥れるくらいなら、しないほうがいいと、私は考えている。けど、アインホルン司祭は”知る権利”を擁護する立場です。……どちらがいいとかじゃ、ないんでしょうけど」 眉を下げて笑うセオドア司祭は、何かに板挟みになっているように見えた。 「ギルバート、おつかれ」 拠点に戻ると、エルマが先に戻っていた。 俺はほっと息を吐いた。エルマの顔を見ると安心する。 「ただいま。エルマもおつかれ」 「ああ。飯と風呂、どうする? 俺、もう先に風呂入っちゃったけど」 「じゃあ風呂にする」 わかった、とエルマは返す。 俺は口元が緩むのを必死で耐えた。 新婚みたいだな、とか、呑気な考えが浮かんでしまう。 ちゃぽん、とお湯が揺れる音が浴室に響いた。 温かい湯に浸かり、身体の緊張がほどけていく。 司祭たちといると心身が強ばる。こうして身体を休めることができる時間は貴重だった。 エルマと一緒にいられるし。任務とはいえ、拠点に戻ると幸せが込み上げてくる。 もう風呂に入ったということは、エルマも……。 脳裏にエルマの裸が思い浮かんで、首をぶんぶんとふる。 何をそんな、邪なことを考えているんだ。 冷静になろうとするものの、一度考えたらとまらなくて。 いつの間にか愚息が勃ちあがっていた。 お湯を汚さないようにそっと浴槽から上がる。 濡れたタイルに腰掛けて、愚息に手を添える。上下に摩ると、は、は、と、息が上がった。 ………俺だって、我慢してるんだ。 ずっと好きだった人が同じ部屋で寝ていて。毎日キスもできて。 とろけた瞳、口に伝う唾液、うわずる声、全部が愛おしくて。 膨れ上がる恋心が破裂しそうになるのを、必死で抑えているのに。 ぐっと歯を食いしばって、精液を飛ばす。黒のタイルを白で汚してしまった。 ……何やってんだ、俺。 シャワーを冷水にして流す。 そのまま自分の頭にもかけて、舞い上がっている自分を戒めた。 冷たい水が髪を伝う度に、冷静になってくる。 今日の上級司祭たちの会議を見て、感じたことがある。 俺たちは同郷で、ライバルで、友達で、ずっと、同じだと思っていた。 けど。 俺とエルマには、見えない壁があったのかもしれないと、改めて考えてしまった。

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