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第23話 恋愛小説なんか読まなかっただろ
――この気持ちがただの憧れだったら、どれだけよかったことでしょう。
擦り切れた手が目に入る。
こんな手では、あなたの綺麗な袖を掴めない。
私には、華美なドレスも、絹のような肌も、宝石のような瞳もない。
住む世界が違うとは、このようなことを言うのだと、愚かな私は初めて理解した。
「うぅっ…………」
拠点に戻った俺はひとり、ベッドの中で、クヴァールから借りた”明けない夜に恋をした”を読んでいる。なぜだかドハマリしてしまった。
まずこの使用人、すごく健気なのだ。
メイド長や令嬢の嫌がらせにも耐えて、昼夜問わず一生懸命仕事をして。相手の貴族が惹かれていくのがわかる。俺も絶対応援する。
それでいて、この貴族もいい男なのだ。
立場がありながら使用人を守ろうとして、それがかえってまわりの反感を買ってーーー、
いつの間にか涙がぼろぼろ零れていた。
止まらなくなってしゃくり上げた。
諦めなきゃいけない恋を、それでも諦められない気持ちが。
自分にすごく、重なった。
本を置いて、布団にくるまる。ぐすぐすと泣いた。
「エルマ、ただいま。ーーーーエルマ?」
扉が開いて、ギルバートの声がした。
俺は布団の中で肩をびくりと震わせる。
……やばい。
こんなに泣いてるとこ、見られたくない。
ギルバートは荷物を放って、すごい勢いで俺のベッドに駆けてきた。
「どうした? 体調悪いのか? また魔素が足りなくなったのか、それとも」
布団をぎゅっと掴むも、ギルバートに剥がされる。
俺は間抜けな泣き顔を晒してしまった。
ギルバートが息を呑んだ。
「エルマ、ど、どこか、痛いのか」
「ちが、ちがう、体調はわるくない!」
「じゃ、じゃあ、どうした。誰かに、何か………」
「ちがう! あー…………聞けって!」
俺は手をぶんぶんと振って誤解を解こうとする。このままじゃ話がこじれるだけだ。
「小説読んでたんだよ! それで、ついハマっちゃっただけ」
「………小説?」
ギルバートが眉間に皺を寄せる。
「ほら!」と小説を見せると、ギルバートはしぶしぶ手に取る。
「……恋愛小説?」
「あ、ああ。知り合いに借りてさ。オススメされたんだよ」
「…………誰に」
ぎろっと睨まれた。瞳が鋭い。
悪いことをしていないはずなのに、口の中が渇いていく。
「クヴァールさんっていう、トラオム聖教会の医者だよ。健康診断の件とかで話をしてさ、仲良くなったんだ」
「…………ふうん」
「ほんと、それだけ。名作だから、つい、な」
無理やりいつもの調子に戻そうとして笑いかけるも、ギルバートはぐっと口を曲げたままだった。
「エルマは、恋愛小説なんか読まなかっただろ」
「べ、別にいいじゃん。俺だっていつまでもガキじゃないんだし。恋愛小説くらい読める」
「………いつから」
え、何いってんの。
ギルバートの顔を見つめる。なんか、すごく機嫌が悪い。
……いつからって、どういう意味だ。つい聞き返したくなったけど。
あんまり刺激したくなくて、ちょっとぼかして返した。
「読んだのはこれが初めてだけど……」
「なんで読もうと思ったんだ」
「別にギルバートに関係ねえじゃん」
俺がいつ何読んだっていいだろ、と開き直ろうとすると、ギルバートの眉間の皺は、より深くなっていく。
ごくりと唾を飲み込んで、口を開いた。
「任務はちゃんとやってる。余暇に何しようが俺の勝手だろ」
「………へえ」
布団を掴むギルバートの手が、ぎりぎりと震えている。うつむいて、顔はよく見えない。
「あのさ」と声をかけようとすると、ギルバートが遮った。
「早急に解決しなければならない事件が暗礁に乗り上げてるのに、よく”任務はちゃんとやってる”って言えるな」
息を呑んだ。こんな声は初めて聞いた。
その声はすべての感情を押し殺したように、冷たかった。
ごめん、と、謝りそうになった。途端、
ギルバートは俺の顎を掴んで、無理やり顔を上げた。
鋭い金色の瞳と視線が合って、背筋がぞくりとした。
「なん、だよ」
「魔素補給だ。”任務”だろ」
「なん、で、いまっ………!」
抵抗しようとしてもできなくて、そのまま口づけられた。
いつもより荒い、噛みつくようなキスだった。
食べ尽くされるように口を開けられて、深く、深く、舌が交わった。
ギルバートの胸を押そうとしても、その手すら掴まれた。
ぎりぎりと、強く。
ギルバートは止まらなかった。
押さえつけるようにキスを続ける。
その瞳は、逆光でぎらりと光っていた。
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