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第28話 仮恋人と初デート

「アリュール教育学会のパーティー?」 拠点に戻り、今日の進捗会議をしていた。 ギルバートは目を丸くした。 「ああ。クヴァールさんがアリュール教育学会の外部講師でさ。ちょうど今週末にあるらしい」 「……あいつか」 「ギルバート、クヴァールさんに会ったことあるっけ?」 「直接は知らん」 ギルバートはずずず、と手元の紅茶を飲む。 そんなに渋い飲み物じゃないのに、すっごい渋そうに見えてくるくらい眉根を寄せて。 「俺も誘われてさ。行ってくるよ」 「は?」 「メンバーに直接ロゼッタのことを聞ける機会なんかないだろ」 もろもろのパーティーのことを話すと、ギルバートの眉根がピクピクと動く。なんか苛立ってる気がする。 こんないい情報めったにないのに。なんならお手柄って言われるかと思ったのに。ギルバートはあんまりパーティーが好きじゃないからかな。 「俺も行く」 「なんで?」 「二人で行ったほうが効率的だ」 カチャ、と音を立ててギルバートはカップを置いた。 なんだかこれ以上聞いちゃいけないような雰囲気がする。俺は「わかった」とだけ返した。 「ドレスコードは」 「正装だって。なんだかんだ貴族が中心だから、貴族っぽいパーティーだと思う」 そうか、とギルバートが相槌を打つ。 機嫌は若干直ったみたいで、とげとげしい空気感は和らいでいた。 俺はほっとしながら手元の紅茶を口に含む。 「じゃあ明日はデートだな」 俺は勢いよく紅茶を噴き出した。 デート、とは。 辞書が手元にないから明確な定義は分からないが。カップル、ないし、準ずる関係のふたりが、いちゃいちゃするために会うことだろう。 だが。 「紛らわしい言葉を使うなよっ!」 「なんの話だ」 俺が真っ赤になって叫ぶのを、ギルバートはしれっとした顔でいなしていた。 日中の任務が終わった後、俺たちは街の中心部へ来ていた。 貴族御用達の仕立て服専門店。 高い天井と広々した空間に、高級そうな服が展示されている。ガラスのショーケースには、宝石があしらわれたタイピン。 ぱっと金額を見る。目が飛び出るかと思ったくらい、高い。 俺たちはパーティーに出席するための正装を買いにきたのだが。 「こんなに高いとこじゃなくてもいいだろ」 「貴族は服を見る。いくら理想を掲げてる団体だろうと気を抜かないほうがいい」 小声でぼそぼそとギルバートを止めようとするが、ギルバートは慣れた様子で店内を見渡す。 周りには俺の月給以上の服が並んでいる。 もう怖くて仕方ない。うっかり汚したらどうしよう。 ギルバートは凜とした佇まいで、並んでいる燕尾服を眺める。視線は鋭く、しっかりと精査しているようだった。 どうせ一回の、しかも任務のパーティーなんだから、そんなマジにならなくても…… と思ってしまうのは、俺が庶民だからだろうか。 「時間があればオーダーメイドにしたんだがな。今週末なら既製品しか買えない」 「いやいや、絶対充分だって」 「……これもいいんだが、もうちょっと色が薄かったらな。これは生地がもう少し厚かったら。これは………」 「あー! お前、こだわりすごすぎ!」 ギルバートは展示されている燕尾服にぶつぶつと文句を言う。マジすぎて怖い。 イケメンの貴族ってヤツはそんなに見た目に気を遣うのか? 「お前なら何着たって似合うよ」と引きつった笑いとともに告げると、ギルバートは目をきょとんとさせていた。 「何言ってるんだ。俺は今、エルマの服を選んでるんだ」 「は?」 何で俺。 ていうか、俺こそなんだっていいだろ。誰も見ねーんだから。 と、口をついて言う前に、ギルバートはパッと目を輝かせて一着のジャケットを手に取った。 「これ、いいな」 爽やかなアイスグレーのジャケットで、ところどころ銀糸で刺繍が入っている。 靡く度に光沢がきらめいた。 ギルバートは俺の身体に当てて「うん、似合ってる」とはにかんだ。 ……その笑顔に、頬が熱くなる。 「いいって」と断る前に店員が来て、あれよあれよという間に着替えさせられる。 しかもいつの間にか、ベストやシャツも手渡されて、全身コーディネートされた。 鏡の前には、貴族とも間違えるくらいの、凜とした格好の男が立っていた。 ……見慣れない………。これ、ホントに俺か? アイスグレーのジャケットと白のスラックス。 アクセントの銀糸や紺がいい味を出している。 俺、淡い色似合ったんだ。知らなかった。 いつもは地味な黒いローブとか、ぺらっぺらの紺のカソックだし。 まじまじと鏡を見ていると、隣に立つギルバートは満足そうにしていた。 「よく似合ってる」 「あ、……うん。そう、………だな」 「エルマの月光の銀髪と夜のような深い瞳には、これくらい薄い色が合う。静謐な儚さが映えるんだ、わかるか」 ギルバートが輝いた瞳で語る。 俺は顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えた。 月光の銀髪と夜のような深い瞳とか。初めて聞いたんだけど。 ギルバートが嬉しそうに見つめてくるから、何も言えなくなってくる。 「それと」 ギルバートは、固まっている俺に近づき、胸元に触れた。金色の宝石があしらわれたブローチがつけられる。 「これもつけておけ」 「なんで」 俺の問いに、ギルバートはふふっと笑っただけだった。 金色の美しい瞳が、優しく細められて。 全身がむず痒いくらい、そわそわした。 俺たちは買い物を済ませた。 ギルバートは、俺の服にはすげえ時間をかけたくせに、自分の分はあっさりと決めた。 重厚な黒のジャケットとスラックス。金糸が所々輝いて高級な雰囲気を醸し出していた。 ぱっと試着しただけでも、視線が釘付けになるくらいかっこよかった。 合計金額は、もう心臓止まるかってくらい高くて。叫びそうになるのを必死でこらえた。 経費で落とせるのか、落とせなかったら自腹なのか。 涙目でハラハラしていると、ギルバートがしれっとした顔で払っていた。 店を出てから、はぁ、と深いため息を吐く。 高級な店は肩がこる。すごい緊張した。 「ギルバート、ちゃんと領収書もらったか? 一応経費になるかもしれないんだから」 「もらってない」 「は!? ちょ、待て。戻ろう! もらおう、ちゃんと!」 「これは俺の自腹だ」 俺は口をあんぐりと開けてしまった。 いや、かなりのお値段だったけど。 しかも、大半は俺の服の分だったじゃん。あのブローチめちゃくちゃ高かったし。 自分の服なのに全然お金を出さないのも申し訳ないし、自分で払うならもっと安い服を選んだのに。 それらのケチな庶民感情をぶつけても、ギルバートは「気にするな」とあしらうだけだった。 「俺からのプレゼントだと思え。いまは、”恋人”なんだから」 柔らかく見つめられると、何も言えなくなってしまった。 一応いま、俺たちは、仮だけど”恋人”だ。 「……ありがとう」 ぎこちなく礼を言うと、ギルバートはわずかに目を細めた。その瞳は満足そうで。 ギルバートが気にしない、なら。いいんだけど。 まあ、これは確かに、デートと言えば、デートかもしれない。 俺はバクバクとうるさい心臓を必死で抑える。 ギルバートの隣を歩いて、帰路についた。

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