34 / 65

第34話 片思い

アインホルン司祭はエラドールの先生だった。 授業は分かりやすく、それでいて見た目も格好いいから、生徒たちはみな憧れていた。 魔法が得意なロゼッタは特にアインホルン司祭に懐いていた。 魔力量測定で、ロゼッタは3000ルナを超える数値をたたき出した。 天才少女の誕生にエラドールの人々は沸いた。 魔力量、技術、すべてずば抜けていたロゼッタに、アインホルン司祭は王都の学校へ推薦状を書いた。 「ロゼッタは……アインホルン司祭に片思いしていました」 グレースはぽつりと零した後、切なそうに笑った。 「片思い、ですか」 「ええ。王都に行く前も、行った後も。いつも泣きそうになりながら相談してきたんですよ。『アインホルン先生が誰かと結婚したらどうしよう』って」 「結婚……」 俺は言葉を繰り返すしかできなかった。 たしか、アインホルン司祭は今年三十三歳で、ロゼッタは十八歳だ。年齢も離れているし、そもそも教え子と教師の関係で。 そう訝しんだのが分かったのか、グレースはふふっと微笑んで続ける。 「もちろん、ロゼッタは分かってましたよ。ちゃんと大人になって働いてからじゃないと、アインホルン司祭と釣り合わないって。だから、誰にも文句言われないように頑張ってたんです。王都でも優秀な成績を収めて、就職もちゃんとしたところで、って」 「そう、ですか」 「もしかしたら、トラオムに来たのは……、その挨拶かもしれませんね」 アインホルン司祭に。 と、グレースは小さく続ける。 俺は乾いた唇を舐めた。 ロゼッタがアインホルン司祭に挨拶に来たのだとしたら。到着したその日に亡くなって、それから聖体が盗まれたのは、タイミングがよすぎやしないだろうか。 「立ち入ったことを聞いて申し訳ないのですが」 「はい、なんでしょう」 「アインホルン司祭は、ロゼッタの好意を知っていたのでしょうか」 ギルバートが淡々とした口調で切り出した。 グレースは笑いながら「さあ」と続けた。 「あのひと、表情が読めないから、ホントのところはわからないけど。気づいてるとは思いますよ。ロゼッタはわかりやすい子だったから」 「では、いずれ、ふたりはそういった仲になる可能性があったとお思いですか」 「うーん、どうだろう」 グレースが一口紅茶を含む。 視線は遠く、過去を懐かしんでいるような表情だった。 「アインホルン司祭は生涯、誰とも結婚しないんじゃないかな、というのが私の見立てです。どれだけロゼッタが好意を抱いてても……結婚までは行かなかったんじゃないかな」 零された言葉に、パーティーで聞いた言葉がリフレインした。 『アインホルン司祭が独身なのは、ご実家の能力も関係してるんじゃない?』 自分に好意を抱くひとがいても、結婚を躊躇うような、”特殊な能力”。 ネクロマンサーは代々、遺体を愚弄すると後ろ指を指されてきたと聞いたけど。 もしかして。 「アインホルン司祭のご実家に伝わる、”特殊な能力”のせいでしょうか」 俺の問いに、グレースはまじまじと見つめてきた。 「ご存じなのですね」 「いえ、詳細は、なにも。その能力について伺ってもよろしいでしょうか」 「ええ。アインホルン司祭のご実家はいわゆる”ミディウム・ブラッド”なのです」 「”ミディウム・ブラッド”?」 「霊媒の力を血に宿す家系です。簡単に言うと、ヒト以外の存在……幽霊とか、そうね、聞いた話だと、精霊とか神様とか。そういったものと会話ができるらしいです」 幽霊、と小さく繰り返すと、グレースは眉を下げた。 「信じられないですよね。実際のところ、どこまでホントか分からないし」 「あ、いえ。あり得そうですよね。あの人、不思議なひとだから」 「そうですよね。彼ならあり得るって思えるでしょう。たまに学校でも、誰もいないところに向かって話しかけてたりしたし。不思議な力はあると思います」 俺はギルバートとちらりと視線を合わせる。 幽霊との会話。 ……若干こちらの想定とは違うが、近いような気もしなくもない。 「アインホルン司祭がネクロマンサーである可能性は?」 「ネクロマンサー? 死体を操るひと?」 「はい」 「それは……どうだろう。霊媒の力がそこまで及ぶのか、私にはわからないけど……」 どうして?と尋ねる瞳に、俺は視線を泳がせてしまった。聖体盗難の件は言えない。 「なんとなくです」とだけ返すと、グレースは納得したのかしてないのか、「そうですか」とだけ返した。 「でも、もしそうなら、アインホルン司祭は、きっとロゼッタに会いたがってると思います」 グレースははっきりとした口調で告げた。 なぜ、とギルバートが尋ねると、グレースは優しい笑みを浮かべた。 「だって、アインホルン司祭は、毎日お墓参りを欠かさないみたいですから」 俺は、一瞬、息を呑んだ。

ともだちにシェアしよう!