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第35話 今日だけは気づかないふりをした
俺たちはグレースにお礼を言い、ハートフィールド邸をあとにした。
グレースには捜査に進展があったら伝えると約束した。
拠点に戻り、話を整理する。
アインホルン司祭とロゼッタの関係。
アインホルン司祭ネクロマンサー説が、いよいよ真実味を帯びてきそうなこと。
仮にネクロマンサーでなかったとしても、”霊媒”の力で何かすることはできそうだ。
「ロゼッタの死因が、本当に心臓発作であるか怪しくなってきたな」
ギルバートが紅茶を飲み、ぽつりと呟く。
俺は手元のカップを握った。ホットミルクは冷めて、ぬるくなっている。
アインホルン司祭には口から出任せで『ロゼッタの死因を疑っている』と言ってしまったけれど。こうもタイミングがいいと、疑ってしかるべきだ。
ロゼッタは七月三日にトラオム中央広場で倒れ、死亡が確認された。
死因は”心臓発作”だが、そんな都合よく心臓を止めるなどできるのだろうか。
闇魔法や、呪殺……?
様々な案が思い浮かぶが、なんとも言いがたい。
仮に他殺だった場合。やはり犯人はアインホルン司祭ということになるけれど。
……好意を持ってくれた教え子を殺すなど、するのだろうか。
それほどに”神の御許”が必要だったのか。
考えれば考えるほどこんがらがっていく。
あー、と頭をガシガシ掻いて、唸る。
「とりあえず、ロゼッタが亡くなったときの状況を調べないとな」
「ああ。アインホルン司祭の行動もな」
引き続き調査することにして、今日の会議は終わった。
一日の終わり、ギルバートのベッドで魔素供給のキスをしていた。そろそろ寝ようか、というころ。
「エルマ」と、やや緊張を孕んだ声で話しかけられた。
「どうした?」
「……ちょっとだけ、いいか」
「なに?」
「すぐ済む」
ギルバートは俺の手を引いて、身体を強く抱きしめた。背中にしっかりした腕が回る。
慌てて顔を見ようとしても、立派な胸板に圧迫されて、見上げることができなかった。
「どうしたの」
「………すまない。少しでいい」
「いい、けど……理由、が知りたいんだけど」
ギルバートの香りがする。ギルバートの体温に包まれている。そう自覚すると、顔が熱くなって、叫びそうになった。
ギルバートの服をぎゅっと握って、意味の分からない抱擁に耐える。
「今日」
「うん」
「グレースの話を聞いて」
「うん」
「………エルマが、倒れた時を、思い出した」
ギルバートの声が届いて、俺は息を呑んだ。
……ずっと一緒だった幼なじみが倒れて、亡くなった。
グレースから聞いた話は重なる部分があったのだろう。
俺たちの間で、ずっと触れてこなかった、五年前の事故。
あの日、倒れた俺を真っ先に抱えたのは、ギルバートだった。
俺は意識を失っていたけれど、ギルバートの脳裏にはその光景が今でも焼き付いているんだろう。
立派な背中に手を回して、抱きしめ返す。
「大丈夫だよ。俺、元気だよ」
「ああ、………ああ」
「倒れないよ、そんな。任務ほったらかして死ぬわけないじゃん」
「ああ」
抱きしめられる力が、骨が軋むくらいに、強くなった。
ぽんぽん、と軽く背中を叩いた。泣いている子どもをあやすような手つきで。
ギルバートが肩をびくりと震わせる。
俺は、大丈夫、大丈夫、と、優しい声で繰り返した。
ギルバートは、口下手で、あまり自分の気持ちを喋らないから。
かすかに鼻をすする音がする。
もしかしたら泣いてるかもしれない。
けど、顔は見なかった。
見たらきっと、ギルバートは隠すから。
だから、今日だけは、気づかないフリをしてあげた。
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