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第36話 ふたりだけの秘密ね

翌日、修道士の詰め所。 もうすぐ仕事が終わるなって時間帯。 「じゃ、エルマ。あとはよろしく」 「終わるとこまででいいからね、残りは明日やればいいんだし」 先輩たちが笑顔で退勤していく。 俺はひとり残業することになった。 パタンと扉が閉まり、みんなが帰った後。 俺は大きなため息を吐いて机にうなだれた。 気を遣っている風だけど、書類を押しつけているのには変わりない。 明日だって別の書類が来るんだから。今日やらなきゃ明日泣く羽目になるのは俺だ。 下っ端の修道士の詰め所は石造りで狭い。 窓も小さいし、積み重なった書類ばかりで息が詰まる。 「帰りてぇ~」と小さな声で叫びながら、押しつけられた書類に手を伸ばしたときだった。 コンコン、と控えめなノックが響く。 こんな時間に来客なんて珍しい。 「すみません、備品の補充申込書を持ってきたんですけど」 扉を開けると、立っていたのはクヴァールだった。 「エルマ! よかった。まだいたんだね」 「あ、クヴァールさん……? ど、どうして」 俺は内心冷や汗をかいた。 先日のパーティーでの失態が脳裏をよぎった。 招待してもらった身でありつつ、勝手に別の男と帰ってしまったのだ。 しかもダンスに誘ってくれたのを無碍にして。 なんて謝ればいいか分からず、仕事が忙しいのも言い訳にして、最近は医務室にも顔を出せていなかった。 絶対怒ってるよなぁ、知り合いの前で顔に泥を塗ったんだもん。 気まずさと申し訳なさに、つい視線を下げてしまった。謝罪を口にしようとした瞬間、クヴァールはからからと笑った。 「そんな顔しないでよ。逆にショックだから」 「え、あ……す、すみません」 「今日は書類持ってきただけだし。これ、お願いできるかな。包帯と消毒液が切れそうなんだ」 「わ、わかりました」 書類を受け取って、ざっと確認する。医務室で使う備品の補充願だった。 「問題ありません、手続きしておきますね」と笑いかけると、クヴァールは微笑みながらお礼を言う。 「最近、医務室に来てないでしょ」 「す、すみません……。なんか、ここのところ仕事が忙しくて」 「あはは、なら仕方ないね」 クヴァールはそのまま俺の隣に自然と座った。 すぐ帰るかと思ったんだけど。不義理を働いてしまった手前、邪険にもできない。 ここはまっすぐ謝るしかないか、と腹をくくる。 「先日のパーティーではすみませんでした。せっかく招待してもらったのに……その」 「ああ、あのイケメンさんと帰っちゃったこと? あのあと二人の話題で一通り盛り上がってね」 「えっ……」 気まず。 俺は顔を引きつらせてしまった。 ああいう流れだから仕方ないが、ギルバートと俺が恋愛的な感じで抜けたと思われているだろう。 違うんです、と否定するのも変だし、背後の諸々を説明するとややこしい。 手をあたふたして「あー、あのー、あれはー」と要領の得ない説明をするしかなかった。 そんな俺をクヴァールは優しそうに見つめる。 「エルマってさ、もしかして、何かの潜入捜査、してたりする?」 俺はヒュッと息を呑んだ。 クヴァールの顔をおずおずと見上げる。 口角が柔らかく上がっている。表情は読めない。 なぜ、どうして。どこから俺たちの任務がバレたのか。 唾を飲み込むと、クヴァールは「ごめんごめん」と軽く笑った。 「ちょっと怪しいなって思ってたんだ。平民の見習い修道士にしては扱う仕事の範囲が広いし。図書館でも色んな本読んでたでしょ」 「…………え」 「あとは、セオドア司祭と隠れて話してるのを見たことがあって。上級司祭と見習い修道士にしては妙な雰囲気だったし。それで、なにか捜査してるのかなって」 頭が真っ白になった。 セオドア司祭とは、たまに資料のやりとりで顔を合わせることがあった。 そんな些細なことで気づかれてしまうなんて。 あー、俺ってホント、ダメだな。極秘任務なのに部外者に知られるとか。 そんなわけないでしょ、って笑い飛ばせばよかったのに。変な間が開いてしまったから、今更それも難しい。 「……はい」 「あ、やっぱそうなんだ」 「任務の性質上、これ以上のことは言えません。すみません」 深々と頭を下げると、クヴァールは「いいって」と軽く笑った。 「じゃあ、あのパーティーも任務?」 「あ…………、え…………。そう、です」 「そっかそっか。言ってくれればもっと協力できたのに」 「………すみません」 俺は目を伏せるしかできなかった。 心臓が嫌な音を立てていた。思考がぐるぐると回る。どうしよう。 俺のせいで任務の情報が漏れたら、ギルバートに迷惑がかかるかもしれない。 「大変だね。エルマ、たくさん仕事してるんだね」 「いえ、そんな。俺なんか、まだまだですし」 「全然! むしろ尊敬する。僕に協力できることがあったら言って」 「……このことは、誰にも言わないでくれると、助かります」 頼み込むように視線を向けると、クヴァールは口元を緩めて微笑んでいた。 「じゃあ、二人だけの秘密ね」 そう言って、おどけたように小指を絡めてきた。

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