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第37話 彼を選んだのは仕事だからだよね
「なにか、僕に手伝えることあるかな?」
クヴァールが肩を並べて微笑んでくる。
距離が近い。医務室に通っていた頃の距離感を思い出した。
……聖体盗難事件の情報が知られたわけではないし、むしろロゼッタの死因を調べるチャンスなのではないか。
医師であるクヴァールの協力は願ってもない申し出だ。
俺は「実は」と声を潜めて、続けた。
「ロゼッタ・ヴァン・エクスナーさんの死について捜査しています」
クヴァールの眉がぴくりと動いた。
アリュール教育学会のパーティーに潜入した理由も察しただろう。
案の定、クヴァールは「なるほどね」と呟いた。
「先日、クヴァールさんがロゼッタの死亡報告書を持っているのを見ました。もし、何かご存じであれば」
「ああ、うん。あの報告書は提出して手元にはないんだけど。覚えてる範囲なら教えられる」
「ありがとうございます!」
前のめりでお礼を言うと、クヴァールはふふっと笑った。
そして、真剣な表情でじっと考え込む。
「亡くなったのは七月三日の午後一時すぎ……だったかな。遺体の状況は、肌は蒼白で、唇と指先は紫。外傷はなし。目撃証言では、”突然胸を押さえて倒れた”とあった。これらの症状から心臓発作による死亡だと結論づけられた」
急いで手帳を取り出して、メモをとる。
詳しい遺体の情報を得られたのは僥倖だ。
外傷はなし、突然倒れた。
たしかに心臓発作らしい、けど。
うーんと唸っていると、クヴァールは眉を下げた。
「一応、トラオム聖教会の医師数人で検死した結果だよ」
「あ、いえ。疑ってるとかでは、ないんです、けど」
「でも何か引っかかるんでしょ」
俺は「はい」と小さな声で呟く。
「正直なところ、他殺を疑っています」
「他殺……」
「何か、考えられる方法はありませんか」
必死な表情だったのか、クヴァールはやや引いたように「わかった」と微笑む。
じっと黙って「他殺、ね」と呟く。
「外傷はなかったから、ナイフや鈍器みたいな凶器は使ってないと思う。
……毒殺は、あり得るかな。時間差で効果を発する毒もあるし。例えば、朝に飲ませておいて、お昼頃に毒が効いて倒れた、とか」
なるほど、と俺はまたメモをとる。
毒殺はあり得る。
アインホルン司祭はロゼッタと親しいから、飲ませることはできそうだ。
亡くなる前に会っていないか。アインホルン司祭のスケジュールを調べる必要があるな。
「ありがとうございます。他には、何かありますか」
「あとは……。そうだね。魔法による攻撃もあるかな。例えば、体内……血管の中に氷を作るとか。血栓になって心臓が止まる。けど、これはかなり難しいと思うよ。血管なんて細いところに魔法をかけるのはかなり高度な技術だ。それなら直接氷をぶつけたほうが楽だし」
高度な魔法技術と聞いて、俺はペンを止めた。
一般人には難しいだろう。けど……。
アインホルン司祭は高度な魔法技術を持っている。
候補の一つとしてメモに走り書きを残した。
「ありがとうございます。すごく参考になりました」
「よかった。他にもなんでも聞いてよ」
「そうですね……。今のところは大丈夫です。また何か相談したいことがあったら」
クヴァールは「ぜひ」と笑いかけた。
俺は脳内でロゼッタの死因を検討しながら、手元のメモをしまった。
「僕からも一つ聞いていいかな?」
クヴァールが改まって切り出した。声音は少しだけ硬く、緊張を孕んでいた。
「はい」と返すと、クヴァールは拳を強く丸めて、口を開く。
「パーティーでさ、エルマにダンスを申し込んできたひと。……彼は、任務の相棒ってことで、いいのかな」
背筋に一筋、冷や汗が垂れるのを感じる。
俺が捜査員だと気づいたら、連動して気づかれてもおかしくはない。否定するのも不自然だ。
「はい」と小さく呟く。
途端にクヴァールは顔をほころばせた。
「ああ、やっぱり。そうだよね。あのダンス、長年の相棒って感じで息が合ってたから」
「あ……そう、見えましたか」
「うん。ステップの踏み方もタイミングもぴったりで。正直に言うと、エルマが捜査員だって確信を持ったのはあのときなんだ」
クヴァールがころころと笑う。
そんなことでバレてしまうとは、さすがの観察眼だ。ちょっと恥ずかしくなって唇を噛む。
「じゃあ、あの彼は、ただの仕事仲間ってことだよね」
クヴァールが俺を見つめる。
その視線はどこか、冷たいようでもあり熱いようでもあった。
俺は一瞬、底の見えない質問にひるんでしまった。
「………はい」
クヴァールはそっと目を伏せる。
何かを噛み締め、それから顔を上げて、ふふっと笑った。
「なら、仕方ないね」
その笑顔が、少しだけ歪んで見えた気がした。
「僕じゃなくて彼を選んだのは、仕事だからだよね。僕が嫌だったわけじゃないんでしょ?」
俺は、何も言葉を発せなかった。
その問いには、なぜか、いつものクヴァールらしくない、どろどろとした感情が渦巻いているようだった。
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