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第42話 きみは何も感じませんか【SIDE ギルバート・ルフトシュタット】
「なぜ僕が怪しまれているのか、理解に苦しむのですが」
アインホルン司祭は綺麗な顔で、はあ、とわざとらしくため息をついた。
ある程度はパフォーマンスだろうが、目元には疲れが残っている。うんざりしているのは確かだろう。
今日、俺は歴史書の盗難事件について、アインホルン司祭に事情聴取をしている。
狭い部屋で怪しい人物とふたりきりというのは息が詰まる。
「一昨日は何時に帰宅を?」
「ベルトラム司祭が帰ったあと、すぐに僕も帰りましたよ。だから、多分、九時過ぎですかね」
「いつもは八時に帰るそうですが、なぜ九時だったのですか」
「会合が長引いたんです。相手はアリュール教育学会、理事のフィリップ・ルクスさんを含め、六人。そのあと少し体調を崩して医務室へ」
「体調を崩したとはどのような」
「頭痛がしまして。それで薬をもらいました」
「帰宅したあとは何を」
「何って……。僕は独り身ですからね。普通に食事をとって、お風呂に入って、寝ました」
「家に使用人はいないのですか」
「いませんよ。上級司祭と言ったってそんな給料が高いわけでもありませんし」
それに、とアインホルン司祭は小さく呟いた。
「僕は過度にひとと接すると酔ってしまうんですよ。日中は我慢できますが、夜くらいは一人で過ごしたいんです」
はぁ、とため息が狭い空間に響く。
俺は眉根をピクリと動かした。
人に酔う、とは。”ご実家の能力”と何か関係するのだろうか。
……ネクロマンサーにそういった特性があれば、証拠に繋がるかもしれないが。
「人酔いですか。昔から?」
「ええ。体質ですね。ひとによるのですが、キツいひとは近づくだけでキツいです。あと、ひとがたくさん集まる会議室とか。まあ、もうこの年ですから、慣れましたけど。……この話、捜査に関係ありますか?」
じろり、と睨まれて、俺は口をつぐんだ。
それからいくつか状況を聞き出すも、アインホルン司祭はしらっとした顔で淡々と答える。早く解放してほしそうな表情だ。これ以上は無駄かもしれない。
丁寧にお辞儀をして、事情聴取を終えた。
「ねえ、ギルバートくん」
部屋から出た途端、アインホルン司祭がぽつりと口を開く。
彼は遠くを見るような瞳で、ベルトラム司祭の部屋に目を向ける。
「きみは何も感じませんか」
え、と小さく零す。アインホルン司祭は真剣な表情だった。
「匂いとも、もやとも違うのですが。光とも、空気とも違って……いえ、でも、確かに”在る”のです」
「……俺は、なにも」
掠れた声で返事をすると、アインホルン司祭は「そうですか」と悲しそうに微笑んだ。
「気にしないでください。捜査、頑張ってくださいね」
「あ、いえ。………はい」
アインホルン司祭はコツ、コツ、と、静かな足音を立てて、自室に帰っていった。
音のない廊下で、俺はひとり、ぽつんと立つ。
先ほどの視線の先、ベルトラム司祭の扉に目を向ける。
盗難事件があってからしっかりと施錠されている。部屋についていた鍵だけでなく、南京錠による鍵や、ロープなどもつけて。
よほど警戒しているのだろう。
扉を開けた方法が分からない以上、鍵などないのと同じなのだから。
じっと扉を見つめる。アインホルン司祭の言葉を思い返す。
けれど、光とも、匂いともつかない”ナニカ”は、俺には分からなかった。
一昨夜、アインホルン司祭は医務室に寄ったとのことだ。
アリバイや一昨夜の彼の状況を知るためにも話を聞かなければ。
長い廊下を歩いて医務室へ向かった。
正直なところ、気は乗らない。
医者のクヴァールがエルマに気を持っているのは、エルマの報告から察している。
エルマの口から出てくる情報の多くはクヴァールからだし、昼食は頻繁に一緒にとっていたらしいし。
パーティーでの振る舞いも、いかにも自分がパートナーであると示すかのようだった。
わざわざケーキをとって食べさせたり、顔を撫でたり。
エルマを見つめる瞳には明らかに恋愛感情が滲んでいた。
……あの日、無理やりエルマとダンスを踊ったのは、ほとんど俺の嫉妬と独占欲だった。
エルマとクヴァールにダンスを踊ってほしくなかった。
見つめ合ってほしくなかった。楽しそうに笑ってほしくなかった。
いかに、自分が任務に私情を挟んでいるか、気づいてしまった。
ため息を吐いた。情けない。
私情を挟むなとエルマに命令しながら、俺のほうが私情に塗れている。
唇をキュッと噛む。
嫌だとか言っている状況ではない。
ベルトラム司祭の部屋に忍び込んだ犯人は、おそらく”神の御許”の盗難にも関連している。
早く解決しなければトラオム全土が危険にさらされるのだ。
気を引き締めて、きっと睨む。
医務室の扉はすぐそばだった。
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