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第44話 もう大丈夫だから【SIDE ギルバート・ルフトシュタット】

一日の任務を終え、拠点に戻る。 エルマと情報共有会議をした。 「犯人が分かるまで、”赤の間”も追加で鍵をつけるらしい。応急処置だが」 「そっか。やっぱ怖いもんな。目的も方法も分かんないんじゃ」 温かい紅茶をひとくち飲む。渋い液体が喉を通った。 クヴァールのことを聞くべきか迷っていた。 一通りのことは彼から聞いている。だから、敢えてエルマに聞く必要はない。 けれど、胸の奥がつっかえていて。 ぐちゃぐちゃの醜い感情が、エルマを問い詰めたくてしょうがなかった。 どうして部外者に捜査のことを話したんだ、どうして俺に相談しないで、勝手に。 どうして、そんなにあの男を信頼しているんだーーーー 要らないことも言ってしまいそうで、怖かった。 唾とともに黒い感情を飲み下す。 何もなかったフリをして、話を続けた。 「ロゼッタの墓地を探るのはどうだろう。ネクロマンサーに利用されていれば、何かしら痕跡が残っているかもしれない」 「ああ、そうだな。まだ亡くなった現場も見れてないよな。俺、今度行ってくるよ」 「ひとりでか? 俺も……」 「ギルバートは歴史書の盗難事件で忙しいだろ。ちょっとした捜査ならひとりで大丈夫だって」 エルマは明るい表情で「任せてくれって」と笑う。 俺は唇をぎゅっと噛んだ。また要らないことを言ってしまいそうになった。 エルマの調査能力は高い。けど、心配してしまうのは、私情か、仕事だからか。 じゃあ頼む、と告げる。 感情を入れないようにしていたら、思ったより無機質な声になっていた。 「あとさ、”緊急避難の魔素供給”なんだけど」 俺は勢いよく視線を上げた。 心臓が、軋むような嫌な音を立てた。 なんでそれを、今。 いつもなら会議中に話すことではないのに。 エルマは笑顔を浮かべていた。でも感情が読めない。 上辺だけの、悟らせない笑み。 ひとを入れないような、拒絶する笑みだ。 「もう大丈夫だから。なんとかなったっていうか」 「……え」 「まだ魔素は戻らないんだけど、クヴァールさんに魔素入りのドリンクをもらったんだ」 は、と、間抜けな声が、零れてしまった。 頭が真っ白で。何も考えられなくて。 エルマの声が、耳を通り抜けていく。 「今までごめんな。任務だって、嫌なことさせちゃっててさ。でも、もう、大丈夫だから」 なんで、 と、乾いた唇で呟いた。 けれど、掠れていて、低くて、うまく音にならなくて。 エルマには届かなかった。 手が震える。 どうして、なんで。 俺は嫌だなんて言ってないだろ。 エルマが、俺とのキスが嫌になったのか。 叫びそうになって、必死に歯を食いしばった。 ダメだ、だって。そうだろ。言ったじゃないか、俺が。 これは”任務”だ。”私情”を挟むなって。 医者に診せるのが、医者の処方が、正しい。 いま、俺が「やめてほしい」と叫ぶのは、ただのワガママでしかない。 (じゃあ、俺は、もう、エルマとキスができない) 奪われた熱に全身が冷えていく。 目眩すらして、視線を下げた。無機質なテーブルだけが目に入る。 エルマと視線を合わせられない。もう、何も見たくなくて。 「そうか」 「うん。だから心配しないで」 「……何かあったら、言えよ」 感情を悟られないように。エルマを困らせてしまうから。 極力、いつものように、聞こえるように。 拳を握り締める。爪が皮膚に食い込んだ。 痛い、じくじくとした痛みが、手のひらから、胸から、全身から、響く。 わかった、と笑うエルマの声が、どこか遠くに聞こえるようで。 せめて、嫌じゃなかった、って、言えばよかったのに。 俺はただ、乾いた呼吸を繰り返すしかできなかった。

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