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第45話 俺の私情で困らせたくない
泣くな泣くな泣くな。
唇を噛み締めて、走った。
油断すると涙が零れそうで、ただ頭を真っ白にして、走った。
ーーーただの任務ですよ。別に。俺だって、したくてしているのではない
医務室の奥から聞こえてしまった声が、ずっと頭に、響いていた。
仕事を終えて、拠点に戻って、会議をして。
情報をまとめて、推理して、話し合って。
それでも、消えてくれなくて。
「あとさ、”緊急避難の魔素供給”なんだけど」
わざとらしくないように切り出した。
ギルバートに悟られないように、笑顔を浮かべた。
痛い、苦しい、切ない。いやだよ。
全部の声を押し込めて、もっともらしい言葉を並べた。
「今までごめんな。任務だって、嫌なことさせちゃっててさ。でも、もう、大丈夫だから」
これは”任務”だ。私情を挟むな。
何度も言われてきたし、何度も心に刻みつけた言葉だ。
多くの人の命が懸かってるときに、相棒にストレスなんて与えてはいけない。
俺の”私情”で困らせちゃいけないんだ。
「そうか」
返ってきた声は、ひどく無機質で。いつもと変わらなかった。
あ、やっぱり、そうだったんだ。
やっぱり、ギルバートにとって、俺とのキスは任務でしかなかった。
わかった、と返す声が、震えないようにだけ、気をつけていた。
「はあ、まっず」
寝る直前、俺は洗面所でひとり、クヴァールにもらった魔素入りのドリンクを飲んだ。
どろりとした液体が喉を伝う。黒っぽい紫っぽい、どことなくえげつない色をした液体だ。
味はよくない。販売するなら味の改良を提案する必要があるな、と笑った。
……これで、ギルバートとキスしなくていい。
洗面所の鏡に目を向ける。
目元にはクマができていて、少しやつれていた。
任務のストレスと、”私情”のストレスと。
どちらが大きいのかはもう分からないけど、身体は結構ギリギリだった。
でも、ここらが頑張り時だ。トラオムのひとの命が懸かってるんだから。
無理に笑顔を向ける。
大丈夫だ、大丈夫だろ。自分に言い聞かせる。
胸の奥が、ずきりと痛む。黒いモヤモヤが込み上げてくるような感覚がした。
必死に飲み込んで、そして、部屋に戻った。
「なんか、あつー………」
翌日、俺はひとりでトラオム中央広場に来ていた。ロゼッタが亡くなった場所だ。
九月下旬だというのに、太陽がギラギラ照りつけているせいか、無性に暑い。
平日の広場はほどほどの人通りだ。
走り回る子どもと、あとを追う母親。買い物帰りの主婦、散歩をする老人。
ちらほらと観光客も見受けられる。
休日はもっと人だかりができているから、このタイミングで来れてよかった。
調査しないと、と頭を切り替えると、気持ちが楽になる。手を動かしてると無心になるのと一緒。
広場には赤いレンガが敷かれている。
噴水が爽やかに流れている。座って休むカップルたちを横目に、あたりを歩いた。
ロゼッタが倒れたのは、恐らくこのあたり。
しばらくうろうろすると、女神像に辿り着いた。オルフェリア聖教の女神像。
立て看板には『願いを込めて触れると、女神が叶えてくれるでしょう』と書いてあった。
親子連れが女神像に近づいた。観光客だろうか。「どんなお願いしよっか」と、わくわくした表情で、親子は両手を女神像に触れた。
きゃっきゃ、と楽しそうな声が響く。
いいなぁ、と、遠目で眺めていた。幸せそうな家族だ。
ぼーっと見つめて、はぁ、とため息を吐く。なんだか無性に切なくなってくる。
噴水近くのベンチに腰掛けて、あたりを観察した。
「いたっ」
「どした」
ばちっと、静電気でも起きたような音がした。
友人同士で訪れた男がひとり、触れた瞬間に手を離した。
けれど「大丈夫」と笑って答えていたので、特に気にしなかった。
しばらく観察を続けるものの、ロゼッタの死から二ヶ月以上経っているからか、これといった収穫はなかった。
重い腰を動かして立ち上がる。次はロゼッタの墓地に行ってみよう。
足に力を込めて、ゆっくりと歩き出した。
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