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第46話 墓前で膝をつく
トラオム聖教会の裏手。
大きな建物の影になり、日の光はほとんど届かない。
ひっそりと、トラオム共同墓地はあった。
薄暗くてじめっとしている。肌寒く、腕をさすった。先ほどまで暑かったのに、太陽ってのは偉大だな。
白い墓石がずらりと並んでいる。土埃に塗れてところどころ汚れている。
あんまり人は来ないのかもしれない。
一つ一つ名前を確認し、足を進める。数が多くて大変だ。
……あった。
ロゼッタ・ヴァン・エクスナー。
新しいからだろうか、墓石は他に比べると綺麗だった。
隣の墓石から数メートル離れていて、若干孤立している。故郷へ移送することを前提としているためだろう。
ピンクの花が供えられていた。瑞々しく、こちらも新しい。グレースが、アインホルン司祭が墓参りを欠かさないと言っていたのを思い出す。
うーん、と唸りながらロゼッタの墓を見て回る。
じろじろ見下ろしながら歩いている内に、足元の土の感触が他と違うことに気づいた。妙にふかふかなのだ。
もしかして。
しゃがみ込んで手で触る。
やはり、他と比べて、明らかに違う。柔らかい。掘り起こされた痕だ。
アインホルン司祭が夜な夜な墓を掘り返しているという噂。
聞いたときは信じ切れなかったけれど、これは………
「あら。先客ですか。珍しいですね」
凜とした声が響いた。
風の音がざわめく。
振り返ると、アインホルン司祭が立っていた。
「………あ、」
「お墓参りですか? そんなところにしゃがんでないで、こちらに来たらどうです」
「は、はい」
どうして、どうしよう。
アインホルン司祭に会うとは想定していなかった。夜に来るのだと思っていたのに。
ロゼッタの死因を調査しているとは言ったものの、怪しまれたらどうしよう。
証拠の隠滅や、最悪、俺もーーー。
信じたくない想像が駆け巡って、心臓が嫌な音を立てる。冷や汗が額を垂れた。
でも、情報を集めるチャンスでもある。
アインホルン司祭の近くへ向かい、動向を伺った。
アインホルン司祭は手に大きなバケツを持っていた。中には花や掃除道具が入っている。慣れた手つきで墓石に水をかけた。
「エルマくん、でしたっけ」
「あ、はい」
「どうしてこちらに?」
「……ロゼッタの死因を調べていて、お墓参りに。ご冥福を祈りたくて」
「あら、殊勝な心構えです。若いのにしっかりしてますね」
「いや、そんな」
アインホルン司祭は、墓を磨きながらころころと笑う。土埃が拭われ、白い石が美しく光る。丁寧に、傷つけないように、磨いていた。
「最近のひとは死者に敬意を払いませんから。いえ……最近のひとっていうのも変ですね。昔から払わないひとは払わないですし」
「そうなんですか」
「ええ。司祭をやってるとわかりますよ。利用するだけ利用して、ポイって捨てるひと、たくさんいます。やはり、亡くなったあとはモノになってしまうんですね」
俺は服の裾をキュッと掴んだ。
遺体を利用する。まさに俺が考えていたトリックだったが。
あなたは違うのかと、聞いてしまいそうになるのをこらえた。
アインホルン司祭の瞳は、ロゼッタをモノとして扱うようには思えなかった。
「アインホルン司祭は、どうしてこちらに」
「ロゼッタは故郷の教え子なのです。昔からよくできた子で。推薦状を書いたり、知り合いを紹介したりしましたよ」
「こんなことになって、残念、でしたね」
「ええ、急な話でした」
アインホルン司祭は墓石を拭う手を、ぴたりと止めた。
「僕が早く迎えにいってあげればよかったんです」
後ろから表情は見えない。
アインホルン司祭はわずかな身じろぎもしなくなった。
ぽつり、と呟いたまま、じっと。
どういうことですか、と焦った声で尋ねると、彼は何もなかったかのように墓石を磨くのを再開した。
「あの日、ロゼッタと会う約束をしていました。大事な話があるから久しぶりに会いたいと」
「………え」
「お昼頃到着するとは伺っていたのですが、ちょうどその時間、僕は会議が入っていて。仕事が終わったら食事でもどうかと呑気に考えていました」
墓石を磨く手に力が込められていく。
美しい滑らかな腕に、血管が浮かび上がった。
次第に震える。汚れた布を握り締めて。
「ロゼッタは、そのまま亡くなってしまいました」
アインホルン司祭の背は小さく丸まって、わずかに上下した。
滑らかな髪がさらりと肩から落ちて、白いカソックが汚れるのもいとわないで、墓前で膝をついていた。
「どうして、すぐ迎えにいかなかったのか。あんな会議いつだってできるのに。どうしてロゼッタを優先しなかったのか、今でも悔やんでいます」
俺は何も言葉を紡げなかった。
だって、アインホルン司祭のこんな声は聞いたことがない。
いつもは飄々として、自信ありげな声だったのに。
こんなにも掠れて、いまにも擦り切れてしまいそうな声は。
嘘をついているとは思えない。
けれど、だとしたら。
ロゼッタはなぜ亡くなったのだろう。
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