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第50話 研究所
二日後、クヴァール邸。
俺はひとりで訪れていた。
ギルバートにクヴァール邸に伺うことを伝えると、苦い顔をしながら「気をつけろ」と言った。心配性だな、と笑うと、眉間の皺がより深くなった。
さすがに単身で深入りするつもりはない。魔素の技術を見るだけだ。
深呼吸をしてチャイムを鳴らす。
「へえ、すごい………大っきい、ですね」
クヴァールに連れられて来たのは、敷地の奥にある建物だった。
クヴァール邸の敷地は広く、大きく三つの建物に分かれていた。手前には居住に使う家と、診療所。奥には倉庫兼、研究所がある。
俺は研究所に足を踏み入れていた。
思ったより壮大だった。広い空間で研究員が熱心に研究している。
至る所にある棚にはびっしりと本とファイルが詰め込まれ、見慣れない機械もそこらに点在していた。
「こういう所は初めて?」
「はい。メーヴェは研究が盛んではないですし」
「そっか。じゃあ今日はたくさん見ていってよ」
見たことのない機械が動いている景色は興味深かった。カッコいいなと、子供心がくすぐられる。
魔術師の魔法研究は主に歴史研究だ。
古文書と睨めっこしたり、偉人のメモを復元して呪文を復活させたり。
といっても、それらは”正魔術師”の仕事で”補佐魔術師”の俺は雑用しかさせてもらえないけど。
クヴァールに簡単な実験を見せてもらった。
二匹の蜘蛛を用意して、片方にコーヒーを飲ませ、作られた巣を比べるというもの。
五センチ程度の蜘蛛は若干グロテスクで近寄りがたい。怯えながら見守っていると、クヴァールは手慣れた様子でスポイトを扱う。
二匹の蜘蛛が巣を形成した。
飲ませていないほうは綺麗な巣を作ったが、飲ませたほうはぐちゃぐちゃの巣になった。
「ええっ」と驚きの声を上げると、クヴァールがころころと笑った。
「コーヒーに含まれる成分が蜘蛛に作用するんだ。酔っちゃうんだって」
クヴァールは軽く説明をして、慣れた様子で蜘蛛をケージに戻す。
「虫も研究するんですね。意外でした」
「あんまりこの国だと生物研究は進んでないよね。でも、蜘蛛は研究するべきだよ」
ほら、と見せてもらったのは半透明の薄いシートだった。
「蜘蛛の糸で作ったシート」
「蜘蛛の糸!? これが!?」
「海外の特殊技術をもとに独自開発したんだ。まだどこにもない技術だよ。これがこの国を救うと信じてる」
クヴァールは愛おしげにシートに目を落とした。
「蜘蛛の糸は魔素と相性が良いんだ。これを使った実験を進めてるんだけど、もうちょっとってところ」
シートをまじまじと見つめる。
薄すぎてよく見えない。
これが蜘蛛の糸だというのは信じられなかった。
「それで、魔素入りドリンクの機械だよね」
「あ、はい! 見てみたいです」
身体を乗り出して応えると、クヴァールは楽しそうにはにかむ。
「実は、スタッフも一部の人間しか知らないんだ」
「え、そ、そうだったんですか。すみません、無理を言って」
「いいんだ」
クヴァールが研究所の奥に足を進める。
ごちゃごちゃした景色が次第にスッキリしていく。
無機質な廊下に出て、また先へ。コツコツ、と足音が響いた。俺たち以外、誰もいない。
白い廊下の突き当たり、巨大な扉がそびえ立っていた。
クヴァールは手をかざす。左右に大きく扉が動いた。
中は暗くて広い空間だった。
エンジン音が低く唸っている。黄色いネオンがたまにチカチカ点滅している。三メートルはあるであろう、威圧感のある機械が俺を見下ろしていた。
先ほどとは違った変な緊張感がある。
「”魔素”ってなんだか知ってる?」
「あ、えー。この世界のあらゆる物質に含まれる要素、ですよね。魔法はその魔素に働きかけるって習いました」
「そう、正解。魔素は、人体にも、動物にも、土にも、木にも、含まれる」
クヴァールがボタンを押すと、ウィーンという機械音が響いた。何かが機械の中で、すごい勢いで回転している。
しばらくして、ぽたぽたと粘着質の液体が滴る音がした。
「けど、不思議なモノでね。同じ人体でも、動物でも、木でも。個体によって含まれる”魔素”の量は違うんだ。それがいわゆる魔力量の差」
「……はい」
「変だよね。構成する他の物質はほとんど変わらないのにさ。与えられたものの差で、僕たちは評価される」
クヴァールはぼーっとしながら、落ちていく液体を眺めている。
その横顔はどこか空虚で、背筋が凍った。
クヴァールさん、と呼びかけると、はっとしたように笑顔を向けた。
「ごめんごめん。気になるのは機械だったよね」
俺の手を取って近くへ引き寄せる。
すぐ隣に立って、機械を指さしながら説明した。
「木や土を運んできて、この機械にいれる。するとすごい勢いで回り出して、魔素とそれ以外とを分離する。そして高い圧力をかけると、次第に、こう……液体となって出てくるんだ」
ぽた、ぽた、と落ちる音が止んだ。
クヴァールが機械から取り出して、俺に見せる。白いカップにはドロドロとした黒い液体が入っていた。
「これで魔素入りドリンク半分くらい」
「土からできてたんですね、道理で……」
「あはは。まずい理由が分かった?」
「あ、はい……」
「だよね。他の物質でも色々試してみたんだけど、なんだかんだ土がやりやすくてさ。味は改良しないとと思ってる」
なるほど、と相槌を打つ。
「これって、魔素入りの飴とは違うんですか? 最初にいただいたやつ」
「ああ、よく病院でも配ってるヤツね。あれはね、もともと魔素の含有量が高い糖を煮詰めてるだけなんだ。ドリンクとは作り方が違う。加工の必要はないけど、すっごい貴重。だから、まあ、高価だよね」
へえ、と感心していると、クヴァールは眉を下げた。
「誰にでも買えるものじゃないよね。だから僕は……魔素不足のひとがもっと気軽に解消できる方法を探してるんだ」
「そうなんですね。例えば、どんな」
「魔素を皮膚から補給する方法とか。粘膜接触だけだと、やっぱ困るでしょ。でも、もうちょっとで分かりそうで、まだまだって感じ。将来に期待して」
クヴァールは俺の頭をぽんぽん、と撫でる。
手つきが優しくて、なんだかむず痒くなった。
現在、人間の魔素を行き交わせるには粘膜接触しかない。
これだけだと困るのは事実だ。実際、俺もかなり困ったし。
早くそういう技術が広まればいいのにな、とそびえ立つ機械を眺めた。
「そうだ。僕の部屋に魔素についての本があるよ。読んでみる?」
「いいんですか?」
「うん。エルマなら興味も持つだろうし」
にこっと笑いかけられて、手を引かれる。
やや早足で戻るクヴァールの後ろ姿を、急いで追いかけた。
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