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第51話 僕のものになってよ

「うわぁ……すご………」 思わず感嘆の声が零れた。 いま、俺の目の前には大量の輝かしいケーキが広がっている。 研究所を出て、隣の大きな邸宅に迎え入れられた。 豪華なリビングにはふかふかのソファ。 並んで座りながら話していると、メイドがいくつものケーキを並べた。 いちごのショートケーキ、チョコレートケーキ、フルーツタルト。モンブランもある。 目の前のテーブルが一気に埋まった。 「エルマが来るって思うと頑張っちゃった。好きなだけ食べていいよ」 いや、食べきれないって。 楽しそうな顔で微笑みかけられるが、若干心配のほうが勝ってしまった。 申し訳なさと困惑を抱きながらも「ありがとうございます」と笑いかける。 「! おいしい!」 「そう? よかった」 ショートケーキを一口食べると、控えめで優しい甘さが広がった。 パーティーで食べたケーキも美味しかったけど、こっちはもっと上品な感じがする。 「エルマは美味しそうに食べるよね」 「え、そ、そうですか?」 「そうだよ。幸せそうに顔が溶けてさ、可愛いなって思う」 可愛いってなんだ。俺に言う言葉じゃないだろ。訝しげに隣を見遣ると、クヴァールはにっこりと笑っていた。 「可愛くないですよ」 「可愛いよ、エルマは。優しくて、思いやりがあって、守りたくなる」 「いや、そんな」 「エルマとずっといられたら毎日楽しいだろうね」 クヴァールの声が、どろどろに甘くなる。 ……なんか、雰囲気が、違う気がする。 あはは、と乾いた笑いで誤魔化した。 すると、クヴァールはケーキには目もくれず、俺の頬に手をのばした。視線が交わる。 え、どうしよう。妙な緊張感が走る。 心なしか身体が近づいてくる気がする。 身を引こうとしてもソファに沈み込むだけで、身動きが取れない。 え、あ、あ、これって…… 「ほ、本!」 俺は咄嗟に叫んだ。 クヴァールは目をきょとんとさせている。 「本?」 「本、見せてくれるって、言いましたよね。俺、すっごく勉強したくて! あー、は、はやく読みたいなぁ!」 「………わかった」 クヴァールは眉を下げて笑った。 そっと身体の位置を戻して「本、だね」と呟く。俺は気づかれないように胸をなで下ろした。 なんだったんだ、まさかホントに、その……そういう感じなのか。 どうしよう。俺は恋愛に関しては全然情緒が分からない。いや、でも、こんなすごい家に住んでるひとが俺みたいな平民を相手にするわけないよな。 さっきのだって、俺のほっぺにケーキがついてたとか……そういう理由だろ。 「じゃあ、奥の部屋に行こっか」 「え」 「書斎があるんだ」 クヴァールが微笑みながら、ソファを立つ。 俺は急いでケーキをテーブルに置いた。このたくさんのケーキたちはどうするんだろう、いいのかな。 リビングを離れるとき、扉に立つメイドが頭を下げる。クヴァールは俺の手を引いて、奥の部屋へ向かった。 「ここが僕の書斎、兼、寝室」 装飾が豪華な扉を抜けると、こちらも広い部屋だった。いつもの医務室からは想像できないくらい綺麗に整頓されている。 毛の長い絨毯に、高級そうな家具。壁一面に並ぶ本棚にはびっしりと本が入っていた。 背表紙を見るだけでも圧巻といったところ。 クヴァールはここで暮らしているのか。いつもの姿からは想像がつかない。 というより、医者ではなく貴族の家って感じがする。急に知らない人になった気がした。 なんとなく居心地が悪い。俺が入っちゃいけないように思える。 「魔素の本はこっちかな。これが比較的読みやすくって、オススメ」 「ありがとうございます」 「そっちにはもっとこう、専門的なのもあるよ。免疫の話とか」 「難しそうですね」 とりあえず読みやすいと薦められた本をぱらりとめくってみた。 読みやすいと聞いていたのに、専門用語が多すぎてたじろぐ。速読して分かるところだけでも見つけようとしたけど、ほとんど理解できなかった。 ……え。どうしよう。 今回は魔素について調べるってのも目的の一つなのに。俺がバカなばかりに。 焦りながら最初のページに移動すると、クヴァールがふふっと笑った。 「ごめんごめん。ちょっといじわるしちゃった。それ、最新の超難しい研究のやつ。入門書はこっち」 「え、あ、ありがとうございます……?」 なんなんだよ。と思いながらも、新しく渡された本を読んだ。 あ、こっちは分かる。よかった。ほっと胸をなで下ろす。 魔素の構造、分離、拡散、圧縮、結合。 このあたりはさっき機械を見せてもらったからイメージがつく。 集中してパラパラとめくっていると、後ろから、腰に手が回ってきた。 「………え」 「エルマってさあ」 「な、」 なに、なんだ。 クヴァールが後ろからぴったりくっついて、抱きしめる。腰に手を回して、強く引き寄せる。思ったよりしっかりした腕だった。 「無防備だよね」 「え、」 「だってさ。男と密室でふたりきりなんだよ?」 声が近い。 いつもより低くて、なまめかしい声だった。 俺は身がすくんで、動けなくなった。 「どういう、意味ですか」 「わかんない?」 「……はい」 「そっか。ずっと一生懸命頑張ってきたんだもんね。そういうのはわかんないか」 くすくす、と笑う声が、耳にかかる。 振り返れない。なんだか妙に、怖かった。 襲われるかもしれない、っていうのもあるけど、そんなわけないじゃん、って思う呑気な自分もいた。俺みたいなのを襲って満足するひとなんか、いるわけないじゃん。 でも、じゃあ。この状況って、どういうこと。 「ねえ、エルマ」 腰に回る手に力が入った。 「僕のものになってよ」 ぽつりと零された言葉が、頭に入ってこなくて。 え、と掠れた声で振り返る。 おずおずと見上げると、クヴァールは思ったより近い距離で、俺のことを、愛おしそうに見つめていた。

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