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第52話 そんな未来

「……どういう意味ですか」 震える声になってしまった。 クヴァールは、俺を見つめながら、少しもの悲しそうに口を開いた。 「もうすぐ、僕はトラオムを去る」 ーーーえ 想像もしていなかった言葉に、頭の回転が止まった。 「ヴァルトラ共和国の大学で、客員教授にならないかって誘いがあったんだ。あっちは研究も盛んだし」 「あ、……そう、だったんですか」 「そう。待遇もいいよ。この邸宅より広い家をもらえるし、給料もいい。この国だとやっぱり魔力が重視されるからさ。外国のが都合がいいんだ」 俺は、ただ、相槌を打つしかできなかった。 この国は魔力が高い人間が優遇される。 お湯を沸かしたり鍵をかけたり、日常の些細なことも魔法ありきで考えられている。 魔力が低い人間が生きづらいのは、確かだ。 だから、とクヴァールが続ける。 その声は真剣味を帯びていた。 「エルマも一緒に行こうよ」 「………え、」 「僕とヴァルトラに行こう。そこで一緒に暮らそうよ」 「ど、どうして、そうなるんですか」 思わず声を荒げてしまった。どうして俺が誘われてるんだ。 クヴァールの身体を押し返す。 けれど、腰に回った手はいまだに俺を離さないままで。 「エルマは、じゃあ、この国にいて、幸せ?」 クヴァールの瞳に射抜かれる。 歪んだ鏡を見ているような、奇妙な感覚に襲われた。 「エルマは平民でしょ。エルマのいる組織は、エルマのことを大事にしてくれる? エルマのこと、ちゃんと考えてくれるのかな」 は、と、乾いた声が、掠れて消えた。 グラナード騎士団にいる俺。トラオム聖教会での俺。 それらが全てが、俺の過去、現実、未来が、見透かされているようだった。 「身体を張った任務をして、どうなるかな。成功したって、ちゃんとエルマのこと認めてくれるかな。 僕はそうは思わないよ。きっと相棒の聖騎士くんの手柄になる。聖騎士くんは貴族だよね。しかも騎士だ。この国のトップの地位を持ってる。 そんな彼と、平民で、騎士じゃないエルマ。どんなにエルマが頑張ったって、エルマの名前は消えちゃうよ」 喉の奥がひゅっと狭まる感覚がした。 全部、心当たりがあった。 俺が、この任務の話を聞いたときに考えていたこと。 ギルバートより大きな手柄を残さなければ、と。 「でも僕は知ってる。エルマはすごく優秀だ。知らないことだって調べてなんとかしようとしている。こんなにまっすぐ頑張れるひと、いないよ。エルマは軽視されていい存在じゃない。平民だからって理由でくすぶってるのは、すごく悲しいよ」 「………だま、て」 「身分なんかこの国の中の問題だ。ヴァルトラに行けば平民なんて関係ない。不安なら僕が助けてあげる。もっと、エルマを認めてくれる場所はあるんだ」 「黙れ!」 俺は思いきりクヴァールを突き飛ばした。 反動で後ろの本棚に身体をぶつける。 痛みすら感じないくらい、怒りなのか、なにか、真っ赤な感情で頭がいっぱいだった。 全身が震える。うつむいて、前が見れなかった。 「俺のこと、わかったように言うな、そんなの、そんなの、わかってんだよ」 ここじゃないどこかにいけば、認められるんじゃないかって。 もがいて、もがいてきた、人生だった。 一生懸命やれば報われるとか。 ずっと、そんなきれい事に縋りながら、無心で、信じて。 じゃあ、ここで逃げれば。 ここであんたの手を取れば、いままでの俺はどうなる。 「じゃあ、エルマたちが幸せに捜査を終えたときの話をしようか」 クヴァールがまっすぐな瞳で俺を見た。 逸らすのは許さないとばかりに、視線が貫く。 「きみたちは元の拠点に戻る。聖騎士くんは出世して、エルマは、もしかしたらちょっとしたご褒美がもらえるかもしれないね。 でも、それだけだ。この国の平民なんてそんなもんだ。拠点に戻ったら、きみと聖騎士くんの地位は、どんどん離れていくよ」 唇が、ふるえた。 俺が考えたくなかったこと。この任務が終わった後のこと。 ギルバートは出世をして、騎士として成功して。輝かしい世界で。 俺はずっと下っ端で、悔しい思いをして。 二度と会うことはなくなって、ギルバートは、俺のことなんか忘れて。 いつか、ふさわしいひとと結婚をするんだって。 「そんな未来、悲しいじゃないか」 クヴァールの言葉は、俺の心の柔らかいところを、正確に突き刺した。 全身に針が入り込んだみたいに、じくじくと、痛い。 足元がぐらぐら揺れる。 目の前が真っ暗になった。 この国で軽視されてきた存在だからこそ分かる、未来のなさ。 無力感に苛まれて、顔を上げることができなかった。 「でも大丈夫だよ」 クヴァールがそっと、呆然と立ち尽くす俺に近づいて、手を引いた。 抵抗する間もなく、クヴァールに抱きしめられた。 柔らかい服が頬に触れる。 何も考えられないのに、それだけが妙にリアルで。 「僕ならエルマを救える。僕と一緒に来てよ」 ぐちゃぐちゃに混ざった思考の中で、その声だけが、すっと届いてきた。

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