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第61話 真犯人
ダリウスの言葉に、一同はごくりと唾を飲み込んだ。
「ロゼッタは女神像に触れて魔素を奪われた。その結果、心臓発作で亡くなった。この仮説はあり得るか」
ギルバートが息を詰めながら尋ねる。ダリウスは「あり得る」と緊張した面持ちで応えた。
「体中の魔素が一気になくなると、血の巡りが急激に滞る。それで心臓発作を起こした。魔力の高い子ほど、その反動は大きい」
「じゃ、じゃあ。女神像に触れなかったら、ロゼッタは……」
「亡くなんなかったやろな」
ダリウスの言葉に、唇を噛んだ。
グレースやアインホルン司祭の悲しむ姿が脳裏によぎる。やるせない思いが込み上げてくる。
……けど、触れただけで魔素を奪うなんて、本当に可能なのか?
「とりあえず、女神像を確認しよう」
ギルバートの提案に、俺たちは急いで準備をした。
トラオム中央広場は、そこそこの人だかりだった。カップルが女神像に「結婚できますように~」と楽しそうに触れる。火花は起きていないようだ。
観光客の波が引いた頃、女神像に近づく。
立て札を読んで、ダリウスが「願い事て。触れて叶うんなら楽勝やな」と茶々を入れる。
カイルが手袋をして、女神像に近づく。
「どや?」
「ちょっと試しますんで、観光客近づけさせないでくださいッス」
「おー」
カイルが緑色の液体が入った瓶を取り出す。女神像の足元に数滴落とした。途端に、じゅわっと蒸発した。
「えっ?」
「やっぱり。これ、高い魔力を帯びてる」
カイルが瓶の蓋をキュッと閉じる。
ダリウスも戻ってきて、カイルが説明した。
「これはヴィルマーテ液っていう、魔素に反応して熱を持つ薬品ッス。多いほど熱くなるんスけど、女神像にかけたら一瞬で蒸発しました」
緑色の液体をふる。
ダリウスは「ほー」と感嘆の声を零した。
「一瞬で蒸発となるとどれくらいだ」
「普通ありえないッスね。3000ルナとか、それ以上。蓄積してるのかもしれない」
ギルバートが尋ねると、カイルがすぐ答える。
ただのブロンズ像がこんなに魔素を溜め込むことはないようだ。
3000ルナというと、ロゼッタの魔力と同じくらい。偶然の一致にしてはできすぎている。
カイルは手袋をしたまま女神像をぺたぺたと触る。女神のドレスのあたりを引っ掻いた。
すると、ぺろりと、半透明の膜が剥がれた。
「……キショ。なんだ、これ」
カイルが訝しげに見る。親指と人差し指でつまみながら。するすると用心深く剥がす。膜は思ったより大きく、剥がしきれない。
途中で切れた膜を四人で覗き込んだ。
半透明で、薄い。くっついていたのにも気づかないくらい。
「カイル、これは」
「見たことないッスね。ベタベタする。それにしてもデカいな」
試しに半透明の膜にヴィルマーテ液を垂らしてみると、すごい勢いで蒸発した。
高濃度の魔素を含んでいるのは、この謎の薄い膜のようだ。
「……あれ、この膜」
「エルマ、どうした」
薄い膜をじっくりと眺めていると、ギルバートが心配そうに声をかける。
記憶の奥底になにか引っかかっている。
半透明で薄い膜。どこかで見た気がする。
……あ。
ぱっと頭が晴れる。
「これ、クヴァールさんの研究所にあったやつだ」
俺の呟きにギルバートが反応する。
カイルとダリウスは訝しみながらも神妙に俺を見つめた。
「クヴァールって誰や」
「トラオム聖教会の医者です。研究所を見学させてもらったんですけど……。これに似たものを見た気がします」
「まじスか。なんスかこれ」
「蜘蛛の糸で作られたシートだと思います。クヴァールさん曰く、蜘蛛の糸はこの国を救うから注目してるとか、なんとか」
カイルは指の先でつまんでいた半透明の膜を、丁寧に空き瓶に保存する。証拠保全だ。
俺は、心臓がばくばくと嫌な音を立てていた。
クヴァールの研究所では魔素についての研究をしていた。
そのほか、この国にはない技術を持っている。
『魔素を皮膚から移動する方法とか。粘膜接触だけだと、やっぱ困るでしょ』
クヴァールは粘膜接触以外で魔素を補給する方法を研究していると言っていた。
一般に公開していないだけで、実験レベルでは成功していたら。
『海外の特殊技術をもとに独自開発したんだ。まだどこにもない技術だよ』
ーーーこの膜を仕掛けられるのは、ひとりしかいない。
浮かび上がった推理に、全身が震えた。
一緒に昼食を食べて、パーティーに誘われて、自宅にも誘われた。
そんなひとが。まさか。
「クヴァールさんが、この薄い膜を使って、観光客の魔素を奪っていたとしたら」
ぽつりと呟くと、ギルバートがあとに続いた。
「その魔素を圧縮し、スキャンした上級司祭たちの魔素を象る。そして”白の間”を開けて、”神の御許”を盗んだ」
ちらりと視線を合わせ、こくりと頷く。
今までの推理より、一番しっくりきた。
クヴァールなら”神の御許”を盗む動機がある。
”神の御許”は魔素発生装置だ。
魔素研究をするなら、喉から手が出るほどほしいだろう。
初めて魔素入りのドリンクをもらったとき、クヴァールは『大量生産ができるようになった』と言っていなかっただろうか。
見せてもらった技術は発展途上。
なのに『大量生産ができるようになった』とは、もしかして。
「第一の容疑者をオーランド・クヴァールとする」
ギルバートがはっきりと告げる。俺はこくりと頷いた。
ダリウスとカイルも頷いたが、クヴァールのことを知らないから、あまりピンときていなさそうだ。
「でも、”見た気がする”だけじゃ逮捕はできんなぁ。”神の御許”の所在もまだわからへんし」
「そっスね。研究所に突入するにも、もうちょっと証拠がないと厳しいッス」
ふたりのもっともな言葉に、きゅっと唇を噛む。
「ダリウスとカイルはクヴァールの研究所に潜入してくれ」
「潜入? うげ、うちらにできるかね」
「クヴァールは医師であり研究者だ。ふたりの専門技術が役立つはずだ。調べてほしいのはその薄い膜についてと、技術的に”白の間”に入ることが可能かどうかだ」
「うえ~、了解ッス」
ギルバートの指示に、ふたりは顔をしかめながらも頷いた。
「俺とエルマはトラオム聖教会で、ロゼッタの”痕跡”を見つけよう」
「ロゼッタ? どうやって」
「クヴァールがロゼッタの魔素で”白の間”を開けたなら、”白の間”にはロゼッタの魔素が滞留しているはずだ」
視線を鋭くさせる。
「アインホルン司祭なら、ロゼッタの”魔素”がわかる。この膜とロゼッタの死が関連付けられれば、クヴァールが犯人だと確定する」
俺は思わず息を呑んだ。
「わかった」
ギルバートと視線を合わせ、頷く。
心強い視線に、胸が躍った。
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