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第62話 デッドライン
拠点に帰り作戦会議だ、というころ。
「あの」と、背後から声をかけられた。
「昨日の、修道士さまと騎士さまですよね」
若い女性が話しかけてきた。その後ろでは男の子が女性の服を掴んでいる。
昨日、トラオム中央広場で倒れた観光客の子だ。
「あのときの……!」
「昨日はありがとうございました。おかげさまでこの子も助かりました」
「いえ、そんな。よかったです。もう大丈夫なんですか?」
男の子は恥ずかしそうにうつむいてはいるが、顔色はよかった。子どもらしいぷにぷにの頬が可愛らしい。
パッと見たところは健康そうだが。
母親は少し気まずそうに眉を下げた。
「身体は大丈夫なのですが、なぜか……あれ以来、魔法が使えなくなってしまって」
ごくりと唾を飲む。
やっぱり、俺と同じ症状だ。
「この子の魔力はどれくらいでしょうか」
「実はこの子、結構高かったんです。三歳児検診で調べたときは……350ルナとか、だったかしら」
それなのに、と心配そうに母親は呟く。
極力優しい声で、母親に語りかけた。
「心配ですね。でも、きっと大丈夫です。神のご加護がありますから」
母親は少し安心した表情を見せ、深く頭を下げて去っていった。
拠点に戻り、テーブルを囲んだ。
狭いテーブルに四人はキツい。今までふたりだったから尚更。
俺の正面にダリウス、左手にはギルバート。右手にカイルという席順だ。
ギルバートが話を切り出す。
「女神像に触れて倒れた少年も、昨日から魔法が使えないようだ」
「やっぱアレっすよね、原因」
「カイル、尋ねたいのだが。その少年の魔力は350ルナらしい。エルマが320ルナ、俺が150ルナだ。魔力量の差で反応が違うことはあり得るか?」
カイルは、んー、と唸って口を開いた。
「可能性は高いッスね。例えば、300ルナ以上の人間が触れたときだけ反応するとか。そうじゃなかったら、トラオムに来た観光客全員が魔法使えなくなるッスから。300ルナは全国民でも上位数パーセント。そのうちトラオムなんてクソ田舎に来るのは、もっと少ないッス」
ダリウスは「おれも80ルナくらいだし」と呟く。
「で、その場合、トラオム市民を除外することも可能ッス。登録のない魔素が触れたとき、かつ、その人物が300ルナ以上のときにだけ魔素を吸収する。そんなギミックが使われてるんじゃないスか。じゃないと、トラオムの人間が急に魔法が使えなくなったとかで大騒ぎになる。かなり”選別”して奪ってるはずッス」
なるほど、とギルバートが頷く。
その可能性は高い。観光客なら長期滞在はしないし、ちょっと触れただけの女神像は気にしない。俺たちが把握しているより、被害者は多いのではないだろうか。
ぎり、と歯を食いしばる。
この魔法社会で魔法が使えなくなるのは辛い。
しかも、魔力が高い人物だとしたら、魔法に頼って暮らしてきたはずだ。
俺にとって、魔法は唯一の心のよりどころだった。
平民が就ける職業は限られている。しかも、事故のせいで身体が弱くなって、生きていく術は魔法しかなかった。
それを理不尽に奪われたのだ。許すとか許さないとかいう問題じゃない。
今すぐ胸ぐらを掴んで、ぶん殴って「俺のアイデンティティを返せ」と怒鳴りたくなる。
静かな怒りを込めて、そっと口を開いた。
「クヴァールさんについて、俺が知っている情報をお伝えします」
三人の眉がぴくりと動く。
「クヴァールさんは魔法を憎んでいる。平均より低い魔力のせいで実家を継ぐことができず、医者に。高い魔力の持ち主にコンプレックスを抱いているように感じます」
ダリウスが「ほー」と感心したように相槌を打った。
俺はそれから、クヴァール邸の大まかな見取り図を書いた。ダリウスとカイルは研究所に潜入するのだから、情報は共有しておきたい。
俺が見たのは研究所と生活する家。診療所は見てない。研究員はざっと見ただけで五十人はいた。実際はもっと多いはずだ。
「大体こんな感じでした。家は、研究所よりは小さかったです。書斎兼寝室はこの奥。クヴァールさんは独身なので、他に同居人はいないかと。住み込みの使用人がいるかもしれませんが」
「え? エルマくん、寝室まで行ったん? ハニトラ? ようやるなぁ、可愛い顔して」
「ハニトラって……。するわけないでしょ。本を読んだだけですよ」
ダリウスが邪推して「ヒュー」と軽く口笛を吹いた。俺の呆れた声も全く聞こえていないだろう。
ギルバートにちらりと視線を向けると、険しい表情で眉根を寄せていた。不機嫌なのが一目で分かるが、じっと口をつぐんで黙っている。
なんだか妙な空気になったな。
はぁ、とため息を吐いて、俺は続けた。
「それとその日、俺はクヴァールさんに、一緒に海外に行かないかって誘われたんですが」
「は?」
ギルバートが口を開いた。
怒りの沸点を超えて、咄嗟に出てしまったみたいな声だ。
どういうことだ、と低い声で脅される。威圧感が恐ろしい。
「ヴァルトラ共和国の大学で客員教授になる誘いがあったらしい。んで、なんか知らないけど、俺も向こうの方が生きやすいんじゃない?って言われて」
「ふざけるな。やっぱりあの男……クソ、早く逮捕すべきだ」
ギルバートがぎりぎりと歯を食いしばる。
ダリウスは面白そうに「エルマくんは魔性やねぇ」と笑い、カイルはため息を吐いて「痴話げんかは要らないッス」と呟く。
「それで! 話を戻しますけど」
「おーおー、まだあるんか、エルマくんのハニトラ英雄伝」
「違います。クヴァールさんがトラオムを去る日です」
途端、弛緩していた空気がピンと張り詰めた。
「十月十八日。クヴァールさんはトラオムを去って、ヴァルトラ共和国に向かいます」
一同は息を呑んだ。
「あと二週間もないやん」
「ああ。”神の御許”を持っていく可能性も高い」
「……それまでに、クヴァールさんを捕まえなければなりません」
ダリウスとカイルの表情にも緊張が走った。
手をぎゅっと握り締める。
今日は十月七日。クヴァールがトラオムを去るまで、あと十一日。
それまでに証拠を集めなければならない。
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