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第20話 颯太サイド<俺のイヤな事>
今日は事務所の夏さんと桐生社長から、
「そろそろコンサートをしませんか?」と提案された。
吉沢達也君は、こまめに小さなコンサートをやっているそうだ。
それもホールだけではなく、ダンスグループを率いて都心のショッピングセンターや、地方のイベントにも行っているらしい。
すごいな、俺どうしよう……だって、いつヒートになるか分からないんだもん。
あれ? そういえば達也君もオメガのはずなのに……。
「あのう、達也君はヒートの時はどうしているんですか?」と、思い切って聞いてみた。
「う~んと……」少し夏さんが口ごもる。言いにくいのかな?
桐生さんも夏さんとちょっと目を合わせて、どうしたものかという表情を見せた。
「やはり、ヒートに突然なったらどうしようかという不安ですか?」と、社長が尋ねる。
俺はコクコクと頷いた。
急にヒートになっちゃうから、先生と離れるのは絶対に嫌だ。
「俺、定期的に来るなら日にちが読めるんだけど、突然来ちゃうから自分でコントロールできないんです。
ネットだけではだめですか?」
「いや、ダメではないんだけどさ。やっぱりもったいないと思うんだよね。
ファンも多いし、問い合わせもすごく多いしね」と夏さん。
「あ~、どうしようかなあ、もったいないよねえ。せっかくダンスをまた踊れるようになってきているし、ダンスグループを作って一緒に踊ってやれると思うんだけどね」と桐生社長。
「そしたら、テレビ出演はどうですか? 達也の事件があってもう一年になるし、犯人たちはもう捕まっているから、そろそろ大丈夫だと思うんだけど……」
「うーん……なんか、あんまり気が乗らないし……」二人が頭を抱えた。
その仕草がちょっとシンクロして面白かったんだけど、こっちだってどうしていいのか分からないよ。
「そしたら、一番近いヒートはいつだったんですか? それが終わったあと、二ヶ月後ならどうでしょうか?」
「……わかんない」
「じゃあ、立花先生に体調を聞いてみてもいいですか? きっと医学的な周期が分かると思うんですけど」
「ダメーッ!」
今度は二人が天を仰いだ。
とにかく、俺はコンサートなんてしたくないの。
ネットだけでやりたいの!
しかし、二人は粘る。
「そしたら、一曲だけのコラボやゲスト出演はどうですか? 達也とのコラボなら楽しくないですか?」と社長。
「う~ん、どうしようかな。迷惑もかけたくないしな……」
「舞台だと緊張しますか? なんか怖いとか、不安なところがありますか?」と夏さん。
「舞台って、やっている間はずっとドキドキするし、不安だし、やり直せないし……やっぱり気が進まないの」
「はい、分かりました。このお話はまた今度にしましょう」と夏さん。
そうして、俺は家に帰ってきた。
なんだかすごく落ち込んでしまい、ベッドに横になった。
しばらくすると、先生が帰ってきた。
「颯太、どうしたの? 具合でも悪いの?」と、俺の額に優しく手を当てる。
「心がちょっと病気みたいなの」
すると、先生がふっと少しニヤッとしたのを見逃さなかった。
「ふふ、どんな病気なのかな?」
もうイヤだ、答えたくない——。
そう思って、俺はうつ伏せになった。
すると、急に心臓がドキドキしてきて、後ろからふわりと背中を抱きしめられた。
「ねえ、聞かせて。どうしたの?」
片手を重ねて、ぎゅっと優しく握り締めてくれる。
恥ずかしくて、何も言えなくて、そのまま黙っていた。
しばらくそのままの体勢でいてくれたんだけど、
「よし、分かった。気が進まないなら無理に言わなくていいよ。ご飯を食べに行こうよ」
先生はそう言うと、さっさと立ち上がって行ってしまった。
なんだよ、今、半分くらい起き上がっていたのに。悔しい……。
でもおなかも空いたし、しょうがないから俺も下に降りることにした。
玄関を出ると、なんとエレベーターの前で先生が待っていてくれた!
何も言わずに両手を差し出してくれたから、胸に飛びついた。
なんだか涙がこぼれて来た。
泣くつもりじゃなかったのに……そう思っても溢れて止められない。
先生がぎゅっと抱きしめてくれていた。
そして俺の顔を上に向けて、両手の親指で涙をぬぐってくれた。
「困ったねえ。泣くほどつらいのに俺は助けてあげられないの?」
それでも言葉は出なくて、胸に顔を押しつけていた。
そうやってしばらくそのまま、俺の気が収まるまで抱きしめていてくれた。
「少しは治ったの?」
「ううん」と首を横に振った。
もっと甘えたかった。
先生がふっと微笑んだ。
今の気持ちを何と伝えたらいいんだろう?
「食べれば少しは元気が出るよ。一緒に行こう」
手を繋いでくれた。
ダイニングでは里奈ちゃんや碧人君たちが、賑やかにしゃべりながらコーヒーを飲んでいた。
もう夕飯は食べ終わったんだ。
俺達が手を繋いで現われたので、なんとなく皆の目が笑っている気がした。
ふんふんと知らん顔する。
先生が自分の横の席をポンポンと叩く。
促されるままそこに座ると、みんなが一斉に俺に注目した。
正直今は誰にも見られたくないんだ。
「今日は颯太の好きな酢豚だね。きっと甘酸っぱくて美味しいよ」と先生。
バレてる……。俺はこれに目がないんだ。
しっかりとタレの絡まったお肉を口に入れると、思わず顔がほころんだ。
うまい。結局、パクパクと夢中で食べてしまった。
……くそっ、これは完全にやけ食いだ。
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