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第33話 陽一サイド<父の情け>
青山に行くと、先に加護さんを自宅まで送り届けた。
その後、佐久間総合病院の理事長室へと足を運び、父を訪ねた。
「おっ、来たか」
パソコンから目を離さず、父はちらりと俺の顔を見て言った。
「忙しいところ、すみません」
俺は神妙な面持ちで頭を下げる。
「どうせ、良い話じゃないんだろう?」
あれ、なんで分かったんだろうな。
しょうがないので、俺は苦笑いしながら小さく頷いた。
「うちのスタッフが財団へ押しかけて行ったのか?」
父からズバリと言い当てられ、俺は思わず驚愕した。
「なんで分かったんですか?」
「分かるさ。もうとっくに、財団の近くに住んでいる職員はリストアップしてあるからな。
それで、その後の状況はどうなんだ?」
「そうなんですよ。実家が近所だから財団で働きたいと、すでに何件か応募があって……。
まず、妹の楓なんですけど、『子どもができたらパートとして通いやすそうだから』って言っていまして」
「ふっ、あいつは絶対そう言うと思ったさ。なんせ徒歩3分だもんな。いいさ、行かせてやれ。
まだ採用の時間には余裕があるし、うちでもまた新しく募集をかければいい。他はどうだ?」
「代謝内科の宇津木先生が異動を希望されています。
それから、臨床検査技師と放射線技師の夫婦も、家が近いという理由で手を挙げてくれました。
あとは、ナースが3人ほどですね。
それと佐久間総合病院以外では、近隣の大学病院から精神科の医師と、皮膚科の医師からも打診が来ています」
「あぁ、分かった。うちも財団への応援を派遣するとすでに発表した手前、問題ないさ。
また人を募集すればいいんだ、好きなだけ持って行け」
なんだか、父の隠しきれない優しさがありがたくて、それまで不安だった胸に深く染み入った。
「父さん、本当にありがとうございます。
もしかしたら、まだ希望者は増えるかもしれませんが、10日以内には採用を終わらせようと思っています」
「ああ、でも開業してからも先は長いからな。人員は多めの方が心強いかもしれんぞ」
「そうですね、肝に銘じます」
父との話を終えると、すぐにミツワタワーへと戻った。
ちょうど今日の応募集計が出ている頃だ。
「院長、今日の集計結果が出ていますよ」
小林さんが、まとまったリストを見せてくれた。
それを眺めていると、今度は上川秘書が慌ただしくやって来た。
「院長、ちょっとよろしいでしょうか? ヘルプを求める電話が入りました」
室内にいた全員が一斉に、上川秘書に視線を注ぐ。
「どうしたの?」
「大学病院に勤務されている眼科医の山本貢(みつぐ)先生なのですが、急に困ったことが起きたので相談させてほしいと……。かなりお急ぎの様子でした」
「分かりました、すぐ折り返します」
電話すると相手はすぐに応答した。
「はい、財団の院長をしております立花です。はじめまして。何かお困りでしょうか?」
「はい、実は、父が急死したんです……。昨日、ようやく葬式を終えたのですが、気持ちが激しく動揺してしまって、頭が真っ白です。何も考えられません。
父は駅から5分ほどの場所で眼科医院を開業していました。もちろんナースや他のスタッフも雇っていますが、突然のことで業務の引き継ぎなどは一切ありません。
スタッフには今は一時的に休んでもらっていますが、この先どうしたらいいものか……。
父が直前まで元気だったものですから、普段はろくに診察室を覗いたこともありませんでした。改めて見渡してみれば、検査機械は古いものばかりだし、すべて買い直すとなれば莫大な費用がかかります。
おまけに、建物自体は古いのに固定資産税が毎年600万円以上もかかるらしいんです。これから発生する相続税のことも、どうしていいか全く分からなくて……。
もちろん税金も多額だと思いますが、それ以上に頭が痛いのは『スタッフの雇用』です。私に残された休暇もあと3日しかありません。
大学病院を辞めて継いだとしても、高額な相続税や固定資産税に追われ、スタッフを抱えたまま経営していく自信がどうしても持てないのです。どうしたらいいでしょうか……?」
受話器の向こうの切実な訴えに、俺は少し息を呑んだ。
「それは本当にお気の毒に……。お父様のご逝去、心よりお悔やみ申し上げます。こちらで出来る限りのサポートをしますので、今からそちらに伺って直接お話を聞かせていただけますか?」
「あ、はい……もちろんです。来ていただけるのですか?」
住所を尋ねてメモを取ると、俺は小林さんと、ちょうど事務所に居合わせた山川弁護士に声をかけ、一緒に山本先生のもとへ向かってもらうことにした。
電話のスピーカーから漏れ聞こえた深刻な状況を伝え聞いた事務所内は、一瞬にして重苦しい静けさに包まれた。
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