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第34話 陽一サイド<山本眼科医院>

 現地に着くと、そこはいかにも古くからこの町に根付いている、歴史を感じさせる木造の古い眼科医院だった。 チャイムを鳴らすと、出迎えてくれたのは30代前半ほどに見える、真面目そうな男性(山本先生)だった。 「わざわざお越しいただいて、本当に申し訳ありません。どうぞお入りください」 彼はすっかり恐縮した様子で頭を下げる。 応接間に通されると、年配の女性と30代くらいの若い女性が静かに待っていた。 俺たちは小林さんと山川弁護士を紹介し、それぞれ名刺を交換する。 「――お線香を、少しあげさせていただいてもよろしいでしょうか」 声をかけさせてもらい、3人で並んで静かに手を合わせた。 遺影を拝見すると、写真の中の父親はまだいかにも若々しく、元気そうに見える。 突然のくも膜下出血だったという話を聞き、改めて言葉を失う。 その後、山川弁護士から事前に大体の土地評価額を聞いていたこともあり、俺は思い切って本題の提案から切り出した。 「お辛いところ急にこんな話をして申し訳ありませんが、いくつか解決策がありますのでお話しさせてください。 まず、うちの財産を管理している管理会社があります。そこにこの土地を買い取ってもらえば、高額な相続税の納税資金を確保できます。 その上で、改めて新しい建物を建ててもらい、山本先生がその区分所有権を取得する。 そうすれば、売買代金でご自身のマンション等も購入できるようになります。 これはおおよその推測ですが、おそらく1億〜2億ほどのキャッシュが手元に残るものと思われます。 ただし、その新しい建物の1階でご自身で眼科医院を開業される場合、初期費用だけで1億円以上かかります。さらに内装費や当面の運転資金も必要になるため、残った資金だけではかなり資金繰りが厳しくなるかもしれません。 眼科は意外とスタッフの人数も必要になりますからね。 ですから、もしご不安であれば、スタッフごと全員うちの財団の眼科へ移っていただければ、すべてこちらでお引き受けいたします。 ただ一つ問題なのが、新しいビルが完成するまであと1年ほどかかるということです。 その間の繋ぎとしてですが、専門家と相談しながら一番有利な売買のタイミングを決めていきましょう。 また、もし完成までの間に雇用の空白期間ができてしまった場合、財団で今すぐ用意できる仕事はガーデンの手入れくらいになってしまいますが、もちろん給料はお支払いします。 ちなみにビルがオープンした暁には、ガーデンから駅までシャトルバスを運行する予定です。 あるいは、赤坂のミツワタワーのほうで事務仕事の席を用意することもできます。 最後に、うちの実家である青山の佐久間総合病院もありますから、スタッフの皆さんはそこで一時的に勤務してもらうことも可能です。財団の新しいビルが完成したときに、またこちらに戻ってきてくだされば何の問題もありません」 「そうですか、良かった……。ホッとしました。それだと、一気に問題が解決しますね」 山本先生は、先ほどまでの切羽詰まった表情から、すっかり穏やかな顔つきに変わっていた。 ここで、同席していた山川弁護士が鋭くも優しい口調で尋ねる。 「山本先生、お父様の代から今までの会計を担当されていた税理士さんとは、すでに連絡を取られましたか?」 「あっ……! 全く頭にありませんでした」 山本先生はハッとしたように目を丸くし、ちょっと呆然とした様子を見せる。 「まだご逝去から三日しか経っていないのですから、無理もありません。ちなみに、預金通帳やご自宅の資産状況などは調べられましたか?」 「あぁ、それがまだ手付かずで……。通帳を探して葬儀代の支払いは済ませたのですが、手元にあまり余裕がなくて、来年の高額な固定資産税が本当に払えるのかどうか、今はもう見当もつかない状態です」 「でしたら、まずはお金の算段をしっかりつけましょうか。税理士さんに連絡を取っていただけますか? 3日あれば十分、方向性は見えてきます。 あとは、ご自宅の権利書や建物の図面なども見せていただけますか? それと、医院の確定申告書なども拝見したいですね」 さすがは山川弁護士、的確かつ頼もしいアドバイスに、場が引き締まる。 その場で山本先生が税理士に電話を入れると、運よく「これからすぐ伺えます」と返事があったという。 ちょうどお父様の書斎もまだ手付かずだったため、山本先生と山川弁護士、そして駆けつけた税理士、さらに小林さんも加わって、書棚や机の引き出しなどを手分けして調べ始めた。 それから20分ほど経ち、皆が応接間へと戻ってきた。 「どうでしたか、必要な資料は見つかりましたか?」 俺が尋ねると、小林さんがすっきりとした晴れやかな表情で口を開いた。 「はい、必要な資料は一通り揃いました。あとは税理士の先生にお任せして大丈夫だと思います。 ただ、新しくビルを建てて1階で改めて眼科を始めるとなると……今後の見込み収入次第ですね。 そのあたりの判断は税理士さんのお墨付きが必要ですが、もしかすると収支的に少し経営が厳しいかもしれない、という話になりました」 その現実的な意見を聞いても、山本先生はすっかり安堵した様子だった。 「ああ、そうなんですね……。でも、こうして現状がはっきり分かっただけでも本当に良かったです。下手に悩んで、実家を手放すことになってしまうかと本気で心配していましたから」 「そうですね。では、税理士さんの正式な試算が出たら、今後はどう動くのかをじっくり判断してみてください。 山本先生がうちの財団に来てくださるにしても、新しいビルが完成するまであと1年はかかります。 ですから、そのまま大学病院にしばらく勤め続けるのか、あるいはぎりぎりまで実家の医院を続け、その後にうちの眼科へ合流されるのか……。 一緒に働くスタッフの方々のお気持ちも、ぜひ聞いてあげてください。 財団としては、いつでも皆さんを温かくお迎えしますよ」 俺がそう声をかけると、山本先生は深くうなずいた。 「はい、よく分かりました。お陰さまで、暗かった気持ちが一気に晴れました。 皆様、本当にありがとうございます……。また改めてご連絡いたします」 そうして、俺たちは山本眼科医院をあとにし、皆で車に乗り込んだ。 「ふう……。なんだか、ようやく長い一日が終わりましたね」 小林さんがふっと息をついたその一言に、温かい安堵が広がった。

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