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第59話 颯太サイド<コラボ?>

 昨夜はスープだけ飲んですぐ寝た。 俺はあまりにも疲れていた。 渋谷のイベントの熱気と喧騒に、無理やり行かされたせいで、心も体もすり減っている。 でも、本当はそれだけじゃない。 胸の奥底で、何とも言葉に出来ないような焦りがあった。 「社長からレッスンなどの経費を全部事務所が払ってるから、少しはコンサートやイベントで利益を出して欲しいと言われた。今のままだと赤字なんだって」 それを聞いたときのマネージャーの冷めた目を思い出す。 吉沢達也があちこちで精力的にコンサートをこなしているからという理由で、今度は浅田ホールの公演にゲストとして呼ばれ、デュエットや単独での歌唱を求められたのだ。 (なんでだよ? いやだよ……) 自分の意思とは裏腹に、ただ消費されていくような感覚。 その悔しさと情けなさで、昨夜はその話を先生に言い出せなかった。 翌朝、朝食のトーストをかじりながら、俺は昨日事務所に言われた件を、ぽつりと言葉を零した。 先生はフォークを置くと、しばらくの間、じっと沈黙して俺を鋭く見つめた。 「事務所を辞める? 経費が赤字ならその分を颯太が払えばいいよ。今度はレッスン費などは自分で払う契約に変えたらいい。MVを出す時だけ個別に契約すればいいしね」 その瞬間は、先生が俺のことを分かってくれたと思ったんだけど、なんか違うみたいだった。 「会社って赤字タレントはリスクでしかないんだよ。誰がスタッフに給料を払うの? 利益があって初めて皆が給料をもらえるんだよ。 コンサートが嫌でMVだけでやるなら、ミツワの広報に頼めばいいから、違約金を払ってもアニメプラスを辞めたらいい。 でも、吉沢達也君はどうするの? 颯太がコラボを嫌がったって聞いたら、きっと傷つくと思うよ。 それでもいいの? 辞めるにしても、その話を吉沢君がまだ知らないならいいけど、知っていたら、やらないと駄目だよ。 颯太には彼を傷つけないで守る義務があるでしょ? 芸能界に入れたのは颯太だ。そこは責任を持たないと駄目じゃないの?」 「……」 返す言葉はなかった。 あまりの正論に頭を殴られたような衝撃を受けた。 確かに、その通りだった。 俺には達也を守る義務があった。 重い足取りで事務所へと向かい、社長と夏さんに直接話を切り出した。 「コラボは引き受けます。でもその後は事務所を辞めさせてください。違約金は払います」 絞り出すような俺の声に、社長は深く息を吐き出した。 「わかりました」 重い口を開いた社長の声は冷ややかで、容赦なく切り捨てるような響きがあった。 夏さんもすぐ隣で聞いていたが、諦めたような視線を下に向けたまま、最後まで何も言わなかった。 結局、自分の言いたいことは言ったはずなのに、心は少しも軽くならなかった。 それどころか、身体中をがんじがらめに縛り付けられたような、息苦しさを感じた。 ふと、無性に達也に会いたくなった。 今、彼はどんな顔をして歌っているんだろう。 携帯でメールを送った。数分後、ピコンと軽い着信音が響いた。 『お久しぶりです。お元気ですか? 今度のコラボを聞きました。光栄なんだけど、俺でいいのかな?って感じです。ご迷惑をかけないか心配しています』 画面に並ぶ文字を見つめながら、思わず苦笑が漏れた。 彼は昔のままで、ちっとも変わっていなかった。 その優しさが、今の俺には染みた。 「ちょっと会える時間はあるかな? どんな歌を歌うのか聞きたいんだけど」 「はい、分かりました。そしたら、お宅に伺いましょうか? それとも菜の花のスタジオに行きますか? 千代田区の自宅でもいいですけど、時間はどれくらいありますか?」 この後の予定はすべて断ったから、1日丸ごと空いていた。 千代田区か……。あいつの家に行くのは初めてだ。良し、行こう。 「じゃあ、俺もこの後は空いてるから、達也のお宅にお邪魔してもいいかなあ?」 「はい、もちろんです。住所を送りますから、SPが連れて来てくれますよね?」 そうしてSPの車に揺られ、千代田区にある超高級マンションの地下駐車場へと到着する。 エントランスのインターホンを押すと、管理人がすぐに応対してくれた。 コンタクトを取ってもらい、専用の直通エレベーターで最上階のペントハウスへと向かう。 扉が開いた瞬間、思わず息を呑んだ。 目の前には、見事な屋上ガーデンが広がっていた。 「うわぁ……なんなのこれ、なんて豪華なんだろう」 あまりのスケールの大きさに、財団の未来ガーデン顔負けだなと心の中で呟く。 「こんにちは、ようこそ。すぐわかりました?」 ガラス張りの向こうから現れた達也は、ラフなTシャツに短パンというリラックスした格好で、人懐っこく笑っていた。 「うん、すぐわかったよ。にしても、このガーデンが凄すぎるんだけど」 「はい、旦那さんが庭好きなんですよ」 お邪魔したリビングは、言葉を失うほど広大だった。 床から天井まである大な窓からは、都心のビル群の向こうに皇居の緑が広がっていた。 圧倒されていると、奥からにこやかで上品な微笑む女性がいた。 「こちらは家政婦の美代さんです」 達也がそう言って紹介してくれる。 「いらっしゃいませ。お茶の支度が整っております。どうぞソファにおかけくださいませ」 美代さんが運んできたのは、真っ白なティーカップと、美しいデザートの盛り合わせだった。 「こちらは手作りのチェリータルトと桃のシャーベットです」 並べられたスイーツはどれもメチャメチャ美味しそうだった。 待ちきれずにタルトにフォークを入れ、口に運んだ瞬間、「うま~い!」と大きな声を上げてしまった。 桃のシャーベットも絶品だった。 タルトは甘さ控えめで、シャーベットは桃のみずみずしさと風味がそのまま閉じ込められていた。 「美代さんのケーキ、美味しいでしょう? 俺も大好きなんですよ」 「達也は良いねえ、毎日こんなに美味しいものが食べられてさ」 「えへへへ、そうですね。幸せすぎて太っちゃいますよね?」 そう言いながらも、達也は美味しそうにパクパクとフォークを動かしている。 現実から少しだけ離れて、俺も夢中でタルトを平らげた。 本当に、言葉が出ないほど美味しかった。

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