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第60話 颯太サイド<達也の歌声>
「颯太さん、コンサートのコラボは聞きました?俺でいいんでしょうか?」
改めて確認されると、チクッと心が痛んだ。
俺が嫌がってるなんて絶対に言えない。
おまけに、それを確かめに来たなんて、更に言えなかった。
「うん、いいよ。それでどんな歌を歌うのか聞いてる?」
達也が少し首を傾げた。
「それがまだなんですよ。好きなのを選んでいいと言われてるし、前に歌ったデュエットでもいいと言われていて……」
「そうなんだ。それで久しぶりだしさ、少し声合せをしようかなと思ったんだよね」
「はい、分かりました。では食べたら、レッスン室があるので、そこで合わせてみましょうか?」と達也。
案内してくれた部屋は、結構広い洋室だった。
中には、ホワイトボードや、机や椅子。ピアノにキーボード。パソコンなどがあった。
それに少しくらいなら踊るスペースもあった。
「いつもここで練習をしてるの?」
「はい、そうなんですよ。毎朝トレーナーが来て教えてくれるので、それでやってます」
「へえ~、トレーナーってどんなことを習ってるの?」
「その人はバークリー音大を出た人で、ミュージカルを勉強した人なんです。
本当は英語の先生のはずだったんです。それで英語で歌いながら教えると言われたんですが、実際に歌い始めたら、俺の声量が全然足りないって言われて、発声の練習ばかりしたんですよ」
「ふ~ん、そうなんだ。それで英語はどんな感じになったの?」
急に恥ずかしがって両手で顔を隠した。
「もう、恥ずかしいから聞かないでくださいよ。ちょっと挨拶くらいは出来るようになった程度ですから。
旦那さんの仕事のパーティーで外国人に話しかけられるから、応対しないと駄目なんですよ」
「へえ~そうなんだ」恥ずかしがる仕草がちょっと可愛かった。
旦那さんにベタ惚れなんだね。
「どんなふうにレッスンしてるのか、教えてくれる?」
「え~、恥ずかしいですよ」と言いながら、キーボードを弾きながら発声練習をやってくれた。
「‥‥‥」 は? いきなり朗々と部屋中に響く声。
それは1分ほどで終わった。
しかし、なぜか残響音が耳に残り、ウォンウォンと共鳴するように響いた。
これなら大ホールでもマイクなしで客席の奥まで届く。
オペラ歌手でもないのに……。
なんだろう?
身体をどこかに引っ張られるような強烈な不安感に襲われた。
「ちょっと声がデカいでしょう?これくらい出さないと、舞台では奥まで聞こえないって駄目だしが入るんですよ」
確かに達也の圧倒的な声量は、舞台でもマイクなんて要らないさ。
この声で俺の細い声と一緒に歌うの?
それじゃあ、俺の声が聞こえない__ビビった。
それで前に舞台で歌ったことのあるデュエット曲を、パソコンで出して歌えるかどうかを聞いた。
「はい、それは歌えます」少し微笑んで彼が答えた。
「じゃあ、ちょっと歌ってみようか?」
俺は高音のパートを歌うことになった。
達也の柔らかな声が、滑るように音楽に乗って歌い出す。
正直、それだけで俺は参った。
圧倒され、足元がすくむような感覚に襲われる。
達也は最初の一節だけで、もう歌の世界が出来上がっていた。
でも、ここで引くわけにはいかない。
負けるわけにはいかなかった。
そしてお互いに歌い始めると、明らかだった。
声量や声の伸び、響きの力強さが、俺とは次元が違っていた。
……どうしよう。コンサートは4か月後に迫っている。
このままでは並んで立つことすらできない。
歌い終わってもボーッと言葉を失ったままの俺を見て、達也がハッとしたように心配そうな顔を向けた。
「すみません、やっぱり俺と歌うのは合わないですよね……?」
申し訳なさそうに達也がうなだれる。
「……ううん、違う。俺が負けてるんだよ。あと4か月あるだろ。何とか頑張るから待っててくれる?それでさ、どうすればいいのか、達也のトレーナーに俺も教わりたいんだけど、連絡先を教えてもらえる?」
「はい、それはいいですけど……良かったら、明日の朝のレッスンに一緒に参加されますか?」
「うん、ありがとう。どうしようかな。
多分ね、合わせるには俺の方が先に練習が必要だと思うから、とりあえず俺も教えてもらおうと思うんだ。連絡先を教えてもらえるかな?」
達也から連絡先を受け取ると、俺はそのままミツワへと急いだ。
道すがら、先生に会長室にいて欲しいとメールを送っておく。
到着すると、先生はすでに静かに待っていてくれた。
「どうしたの? 何かあったの?」
心配そうに見つめてくれる先生の前で、プライドをかなぐり捨てて白状した。
「あのね、さっきまで達也と声合わせをしてたんだけどさ……俺の声が、全然負けてたんだよ。
このままじゃデュエットなんて無理だから、達也のトレーナーに習いたいんだけど、いいかな?
連絡先を聞いてきたんだ」
「うん、いいよ。どこで練習するの?」
「どうしようか、スタジオにしようか? それともうちに来てもらおうかな?」
「じゃあ、トレーナーの都合も聞かないといけないから、連絡して聞いてみたら?」
「え、先生が聞いてくれないの?」
「だって自分のことでしょう? どう声が合わないのかなんて、俺には分からないから、自分で言わないとね」
「……はい、分かりました」
あきらめて、自分でスマホを手に取り、直接電話をかけることにした。
呼び出し音のあと、向こうから返ってきたのは流暢な英語だった。
日本人だと思い込んでいたから面食らったが、もう引き下がれない。
英語で自分が歌手であること、そして今度、吉沢達也とコラボのコンサートを控えていることを伝えた。
声量にどうしても差が出てしまうから、このままではデュエットが難しいので教えてほしいと頼み込む。
「OK」軽快な返事が即座に返ってきて、逆に驚かされた。
トレーナーのスケジュールを聞くと、達也のレッスンは朝の10時から11時半までだという。
そのため、朝なら8時半から9時半まで、あるいは午後なら13時半以降なら空いているそうだ。
相談の結果、菜の花スタジオを借りることにした。
時間は13時半から15時までだ。
コンサートまで時間がない。
だから、思い切って月曜から金曜まで毎日お願いした。
達也だって毎朝厳しいレッスンを受けているのだ。
ここで俺が緩くすると、余計に引き離されてしまう。
決まったスケジュールを先生に伝えると、
「お昼寝の時間はいいの?」と少し心配そうな顔をされる。
「うん、しょうがないよ。自分で引き受けちゃったしさ……」
レッスンが終わったら、お昼寝をすることにしよう。
そんな決意を胸に、俺は大きく息を吸い込んだ。
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