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第72話 加護サイド<料理なんて無理>
友谷涼さんがトレーナーとなって教えてくれる。
生徒は、私、院長、支配人、小林さん、家政婦さん4人、広報男子の石井君と田代君、陽菜ちゃん、里奈ちゃん、華子ちゃん、他に財団の天使が8名。
これだけの人数がエプロンをつけてレストランに集合した。
陽菜ちゃんたちは時間の許す限り学びたいということだった。
まずは座学だった。
皆がパソコンを前に菜の花フーズのシステムや概要を学ぶ。
それからどんな商品を用意しているか?
業務用にはどんなメニューがあるか?
調味料や乾物はすでに厳選したものが註文リストにある。
そういうことを学んだあとは、実際の発注のやり方や注意点だ。
それから冷蔵庫や冷凍庫の使い方、使いかけの食材の処理の仕方など。
実践的なことばかりだった。
私がいつも使いかけの食材を、いい加減に扱っていることなんか誰にも言えない。
何よりこの菜の花フーズの発祥は、菜の花病院のお掃除のパートのシニア女性二人だ。
多分、前に菜の花病院に見学に行った時に、社員食堂のカフェで一人には会っている。
しかし、ここまでの実績があるなんて、神レベルじゃないか。
二人は料理上手で、たったこの二人だけを当てにして、すぐに菜の花フーズという会社が作られて、そこの研究員になったらしい。
どうよ?この浅田工業の社長のスカウトの素早さ。
普通の会社は負けるでしょう?
菜の花は人材の宝庫だ。
これがねえ、家政婦さんたちの気持ちをすごく後押ししたんだよね。
刺激を受けたらしいよ。
立花家の料理もレトルトにして売りたい!とか、誰か言ってたな。
立花家ブランドだもんね。
そしたらすかさず友谷さんが、
「うちの菜の花フーズで商品化しますから、契約しましょう」なんて言われてたよ。
うまいねえ~。
でもみんなやる気満々だった。すごいすごい。
一番候補は<由紀さんのカレー>だった。
「あ、あれは美味しいよねえ~」って皆で言ったら、友谷さんが興味津々だった。
「あら、それほどでもないわよ~」
なんて由紀さんが謙遜していたけど__でもあれは絶対作るな。
次はフーズ自慢のだし汁とつゆの説明。
研究員のシニア女性が、いかに良い素材を使ってどれくらいの手間をかけ、どれくらい試行錯誤したかという話を聞いた。
なるほどね。素人がちょっと練習したくらいで、売り物は作れないと思った。
家庭の味にしかならないよね。
お弁当なんかはそれでもいいんだけどさ。
でもカフェではデリも作る予定だからね。
プロの味にならないとダメだよ。
「厨房を任せられる料理人は探して連れて来ます!」と友谷さんが約束してくれた。
はあ、これを聞いただけで重責が半分くらい減った気がした。
それくらい厨房は闇だったんだ……。
一か月くらいしたら、私、院長、小林部長、支配人は抜けさせてもらった。
大体の概要や発注方法、業務用の料理名などは分かったからだ。
あとは現場のスタッフに任せる。
皆熱心だったけど、天使たちの手がおぼつかないこと。
ああ~これじゃあ、無理だよね。
コンスタントにできる子もいたんだけど、気持ちだけはあるけど、手は動かないって感じね。
最初に友谷さんが「所詮素人だから無理」って言ってくれてよかったよ。
友谷さんから聞いた時は、断言されちゃってちょっと反発したんだけどさ。
でも実際に実習してみるとよく分かった。
なるほど素人には無理だわ。
数か月やったくらいでは、プロの料理は作れない。
料理は10年くらいは精通してやらないと無理なんだな。
あの世界は深い。
そんな我が身の実力を嘆く場所もなくて、寮代わりのホテルのラウンジにコーヒーを持って行った。
花の匂いのする夜風にでも当たろう。
……でも先客がいた。
大体この時間になると、蓮先生がここにいる。
彼もマグカップを持ってコーヒーを飲んでいる。
「こんばんは。お疲れ様です」蓮さんから声を掛けられた。
「こんばんは。今宵もいい風が吹いていますね」
「ええ、そうですね。毎日包丁持って大変なんですって?」
ぷっ。蓮さんから聞かれた。
「なんで知ってるんですか?」
彼はニヤっと笑っていた。
「小耳に挟みましたよ。大変ですね、色々やらないといけないから」
「まあ、それも仕事なのでね。今は発展途上ですからしょうがないですよ」
そしたら、目をきらっとさせて、
「なんかすごいトレーナーの人がいるんですって?」
彼は結構どこかで聞いてるんだな。
「そうなんですよ、菜の花フーズの友谷涼さんっていう、まだ20代の後半くらいかな。
若いですよ。でも実力がすごいです」
「へえ。それは凄いなあ」
「はい、プロには適いませんよ。つくづくそう思いました……ふう……」
つい気弱になって溜息をついてしまった。
彼は片手をテーブルに頬杖をついて私を見ていた。
「加護部長だってナースのプロじゃないですか?」
薄暗い中で彼は、やさしい眼差しを私に向けた。
__しっかりしろ、由紀子!
「えー?私なんか大したことないですよ」
これは心底本音だった。
「まあ、ボチボチやりましょうよ。焦ることはないですよ」
これは慰めているつもりなのかな?
でも今は落ち込んでるし……話しを変えよう。
「そうですね。今日のオンラインはどうでしたか?」
「あれ、それ今聞きます?」
ちょっと横向いて笑っていた。
「もうそれだけが楽しみなんですよ。
だって今は光永先生がたった一人で稼いでくれてるんですから、希望の星ですよ」
「あ~、じゃあ、もっと長くやらないと駄目かなあ?」
いたずらっぽい目で私を見つめてそう言った。
もうわかってるくせに……。ここは無視だ。
歳下ってこういう時に甘えるのかな?
__私は慣れてないんだもん。
「さあ、もう休みますよ。大変な一か月も終わったから、明日からは元の業務に戻ります」
きっぱりと終わりを告げた。
「はい、頑張ってください。おやすみなさい」と彼。
「おやすみなさい」
はあ、ラウンジに行ってみて、良かったような……ざわついたような?
私にはよく分からない。
早くお風呂に入って寝ようっと。
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