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第85話 陽一サイド<救いの芽吹き>
ある朝、俺は財団の会議中に社長から呼ばれた。
皆一瞬、緊張が走った。
「え、なんだろう?」と白川支配人が急に表情を曇らせた。
「大丈夫ですよ。皆さん心配しないで続けてください。じゃ、ちょっと行ってきます」
気丈に言ったものの、俺はちょっと緊張して社長室を訪ねた。
ドアを開けると人事部長が憮然とした表情で立っていた。
どうやら社長は俺と人事部長に、人事関連の話があるらしい。
「お早うございます」
挨拶をすると、社長の説明が始まった。
「ああ、来てもらって悪いね。実は経営戦略室の室長が日比野マネージャーに嫌がらせや、苛めを集中させて痛めつけていたことが、社員たちのヒアリングで判明した。
それで、地方に飛んでもらったよ。
一人しかいない部署を新設してそこの室長にした。
管理職失格だ。もう部下は持たせられない。
この件は人事部長にも責任の一端を担ってもらう。
人事部長、分かってるね?」
うっ、厳しい……。
「はい、私の不徳の致すところでございます。深く反省しております」
人事部長は深く頭を下げた。
ほう~、珍しく殊勝なことを言っている。
「それでだ、院長に頼みたいことがある。
日比野君はもっと早い段階で察知出来ていたら、あそこまで酷くはならなかったと思うし、本当に経営戦略室には必要な人材だったんだ。
しかし、もう手遅れだ。今の日比野君の様子はどうかな?」
「はい、お陰様で初日から長野祐樹さんと一緒に、明るい表情でいきいきとしていて見違えました。
本人達が言うには、財団へ移籍出来ると分かっただけで、半分治ったと言っていました」
思わずチラッと人事部長に視線を向けてしまった。
彼は憮然として、ただまっすぐ前を見ていた。
「ふっ、そうか。そんなもんなんだなあ。まあよかった。
これは財団があったから逆に助かったよ。危うく人材を無くすところだった。
ところでだね、まだ表面化していない社員がいるかもしれない。
今度は事前にそれを察知して、移動するなりで対策を考えたいんだ。
そこで院長に頼みがある。
社員向けに精神科のオンラインの窓口を開けて欲しい。
費用は会社が持つ。薬代もだ。
個人の秘密は本人と院長だけが持つ。
そして社内移動や休養が必要なら、いつでも直接私に言ってくれ。
他の誰にも言わなくていい。
どうかね?」
「はい、承知しました。実はそれがすごく気になっていました。
他にもいるんじゃないかと私も心配でした。
私に出来ることならば、ぜひ協力させていただきます」
「うん、ありがとう。そういう事だ。人事部長はそれでいいかね?」
「はい、かしこまりました」彼は恭しくお辞儀をした。
もう俺の顔は見ていなかった。
「窓口は長野君に作ってもらうと良い。
出来上がったら、社内の広報で発表して、掲示板にもリンクを流してくれ。いいかな?」
「はい。承知致しました」
それで部屋を出た途端、さっと早足で財団に戻った。
廊下で人事部長と顔を合わせたくないし、話もしたくない。
財団に戻ると、皆が息を呑んで俺が何を言うかと待っていた。
ちょっとニヤッとした。
みんなが仲良しで安心する。
「何の話だったんですか?」と白川支配人。
「うん、今後は日比野さんや長野さんの後に犠牲者が出ないように、事前の予防策をするという話だったよ」
それで先ほど社長が言われた内容を全部皆に伝えた。
「そうだったんですか、では戦略室の皆が僕に力を貸してくれたんですね……」
日比野室長がぽつんと漏らした。
皆の空気が重くなった。
俯いてみんな考え込んでいる。
「他にもいるんじゃないかって、実は私も心配していました」と白川支配人。
「それにしても、社長は対応が素早かったですねえ」
加護部長が感心していた。
さすがは社長だよ。
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