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第95話 陽一サイド<ル・バー・アメリカンにて>
翌日は底抜けに青い空、そして果てしなく太陽がさんさんと降り注いだ。
海岸の砂浜は白いし、どこまで明るい。
海鳥までが飛び交っていた。
朝食は部屋のバルコニーに運んでもらった。
颯太のお気に入り、濃くて甘いオレンジジュースもあった。
このホテルは今まで泊まった中でもベスト3に入る。
それくらいインテリアも建物も素敵だった。
「先生、ヨットハーバーが素敵だよねえ?皆短パンで散歩しているよ」
パンをかじりながら指差していた。
「じゃあ、食べたらハーバーや海岸を散歩に行こうか?」
「うん、行く。帽子をかぶらないと焼けるよね?
俺日焼け止め塗らないと、事務所に怒られるよ」
「あとでいっぱい塗ってあげるよ」
「は~い」
ふ、実に機嫌がいい。
夕べの事は一晩寝たら忘れたのかな。
食後はヨットハーバーや、海岸を散歩すると、
アテンドから「車で上って、モナコ大公宮殿に行きましょう」と誘われた。
その次は、海洋博物館に行くそうだ。
宮殿の前の小道などをちょっと散歩すると、可愛い雑貨の店が色々あった。
颯太が夢中で見ていた。
俺も見たけど、もう~キリがないよ。
そこから10分ほど歩くと、海洋博物館だ。
「先生、俺ここはちょっと見ればいいよ」
見る前にそう言われた。
無邪気でハッキリしているよねえ。
ササッと見たら、カフェに入って軽いスナックとコーヒータイムだ。
「ねえ、先生、ジェラートがめちゃめちゃ美味しそうだよ」
颯太はコッテリしてそうな、チョコとピスタチオのジェラートをダブルで注文していた。
うへえ~。
「先生も食べてみてえ~」
無理やりスプーンで口に放り込まれた。
さすがにチョコが濃厚だった。
これだと夕飯は無理そうだな。
食べ終わったらホテルに戻った。
颯太は昼寝。
俺も一緒に横になってまったり。極楽気分。
夜は、案の定あまりお腹が空いていなかった。
アテンドが、有名なバーがホテル内にあると言う。
時々ジャズなどのショーもやっているらしい。
行くと軽いスナックがあったから、ノンアルも一緒に頼んだ。
バーには結構人が入っていた。
そのうちに、スタッフがマイクで呼びかけた。
「歌いたい人はいませんか? よろしかったらどうぞ」だって。
誰かいるのかな? とちょっときょろきょろしたけれど、
さすがにそんな都合よく――いや、いるわけないだろうと思っていたら、
「ねえ、俺、歌おうかな?」
「本気?」
「うん、だってピアノがあるもん」
颯太はそう言うと、すっと立ち上がってピアノに向かった。
急に心臓がドキドキし始める。大丈夫か、おい?
颯太がピアノの前に座り、前奏を弾き始めた。
曲は、日本でのコンサートの時、吉田達也君とコラボで歌った曲だ。
なんだっけ、『美女と野獣』だったか。
イントロからしっとりと歌い出す。
コラボのときは日本語の訳詞だったが、今は英語で歌っている。
その美しい声が、一瞬にしてバー全体を魅了した。
周りの客たちがうっとりと聴き入っているのが、その表情だけでよくわかる。
そして、2コーラス目になったとき――。
そこへ、なんと金髪の男性が突然割り込んできた。
掛け合いで歌い始めたのだ。
ええーーーっ!?
そんな偶然ってあるのか!
しかし、そこはプロ同士……?
ふたりは初対面とは思えない、あうんの呼吸でデュエットを繰り広げ、おまけにお互いに見つめ合ったりなんかして……。
クソッ、悔しい……!
だが、あまりにも絵になりすぎていて、悔しいくらいに美しい。
歌が終わると、バーの中は割れんばかりの大拍手に包まれた。
もちろん俺だって、立ち上がって拍手喝采だ。
あちこちから「アンコール!」の声がかかる。
颯太はそのまま優雅にピアノを弾き続け、再び歌い始めた。
曲は<My heart will go on>――映画『タイタニック』のテーマだ。
モナコの今宵、ベルエポック調のバーの雰囲気に、これ以上になく似合い過ぎだ。
颯太は甘く、そして切なく歌い上げる。
俺はもう、見惚れるしかなかった。
澄んだ高い声と、感情を込めて切々と歌う姿に、改めてまた惚れ直してしまう。
周りのバーのスタッフたちも手を止めて、すっかり聞き惚れていた。
やがて曲が静かに終わる。
一瞬の静寂のあと、再び爆発のような拍手喝采が起きた。
今度はなんと、スタンディングオベーションだ。
俺も慌てて立ち上がり、拍手を送る。
颯太が席に戻ってきた瞬間、我慢できずにぎゅっと強く抱きしめた。
すると、バーのスタッフが「素晴らしい歌声への感謝だ」と言って、二つのグラスにシャンパンを注いで持ってきてくれた。
「モナコの夜に」グラスを合わせて、ふたりで静かに乾杯した。
カチーン、と心地よい音が響いた。
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