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第96話 颯太サイド<お誘い>
楽しかったモナコも今日で終わり。
先生はフロントでチェックアウトの手続きをしてくれていた。
すると、きちんとした黒スーツ姿の男性スタッフがやって来て、俺に話しかけてきた。
英語だったから分かったけど、すぐにアテンドの人がそばに寄ってきた。
彼はアテンドに向かってフランス語に切り替え、彼女がすぐに日本語に通訳をしてくれる。
「昨日のバーでの歌は本当に素晴らしくて感動した。
良かったら、正式に仕事として歌いに来てくれないか?
スイートルームは無理だが部屋を用意するし、滞在費は要らない。
ギャラも払うので、どうだろうか?」
そういうことだった。
そこへ、チェックアウトを終えた先生が戻ってきた。
「なに? どうしたの?」
カジノの件があったからか、先生が少し緊張した顔をしている。
「あのね、仕事の誘いを受けたの。昨日のバーで、正式に歌わないかって」
「ここで仕事?」
「うん。部屋代も滞在費も不要で、ギャラもくれるって。
ショーは1時間くらいで、できれば一晩に2回やってほしいんだってさ」
「颯太はどうしたいの?」
「俺はねえ、モナコがすごく気に入ったし、三日間くらいなら残って歌ってもいいかなって思うけど」
「そうなんだ。どうしよう、飛行機のチケットも取ってるし……。
第一仕事として受けるなら、桐生さんに相談しないとダメじゃない?」
「そうだね。じゃあ、ちょっと電話してみる。日本は今、夕方だよね?」
俺はそのまま桐生社長に電話をかけ、事の経緯を説明した。
「はあーー? 待ってください。それなら色々と条件の取り決めがあるから、ちょっとそのホテルの人と電話を代わってください」
社長はそう言うと、支配人と英語で10分近く色々と話をしていた。
やがて、再び俺が電話を代わってもらう。
「颯太さん、結論から言うと、この仕事を受けるのはOKです」
社長の頼もしい声が響いた。
「ピアノを弾きながら歌うだけですよね?
ただ、日本とモナコの往復旅費までは向こうも出せないそうです。
こっちは、ダンサーをつけて本格的なステージにすることもできるし、日本なら2000人のチケットが即日完売するアーティストだとハッパをかけましたけど、向こうはあくまで現地のラウンジの軽いノリで言っているみたいですね。
とはいえ、1時間を一晩に2回というのは条件として悪くないです。
だから、そっちにいる間にスケジュールを伸ばして、最後の三日間にモナコで歌う形にしましょう。
滞在費は向こう持ち、ギャラは三日間で150万円だそうです。うちの事務所の取り分は30%で45万。それを差し引いても十分にプラスですから、よろしければ受けてきてください。
ただ、基本はピアノ演奏と歌唱だけですね。現地でダンサーを入れますか?
バックに音源を流して、歌いながら踊るスタイルもやれなくはないですが……」
「あ、そこまで考えてなかった。どうしよう?」
「こちらから日本のダンサーを派遣することもできますが、それだと旅費が余計にかかってしまいますよ」
「そうだよね……。すでに現地にダンサーがいれば別だけどさ」
「ただですね、颯太さん、これは絶好のキャリアになります。モナコのそのホテルなら、ヨーロッパ中のセレブが集まりますから、次にどんな大仕事に繋がるか分からない。もしかしたら、カンヌの映画関係者や思わぬVIPの目に留まるかもしれませんよ」
「ええっ、まさかそんな大げさな……」ちょっと笑った。
「いや、冗談じゃありませんよ。本気です。
もしかしたら、今までで一番美味しい仕事になるかもしれないです」
もう~相変わらず社長の口説き文句がうまいんだから。
「あ、そうなんだ。……じゃあ、やってみます。なので、帰りは3日間延長ってことでよろしくお願いします」
電話を切った俺を、先生が何とも言えない表情で見つめていた。
「颯太がその仕事を引き受けて滞在を延ばすっていうことはさ、俺のスケジュールも一緒に延ばさないといけないってことだよね?」
「……あ、そうだった。ごめんなさい。先生も仕事あるのに無理だよね?」
「仕方ない、東京に連絡してみるか」
先生はすぐに財団の支配人に事情を説明してくれた。
「ほう~、颯太さんは凄いですね! 分かりました。
こちらは問題ありません。3日間の滞在延長ですね。了解です」
支配人もすんなりとOKしてくれたらしい。
「ただ飛行機の切符は変更しないといけないから、明日の早朝、上川秘書に連絡するよ」と先生。
「はい、分かりました、お願いします」
へへへ、なんだ、すんなり決まってよかったじゃん。
「先生、そしたらこの仕事、受けてもいいの?」
「うん。まあ、かわいい颯太の為だから、しょうがないね」
先生はそう言いながら、少し呆れたような、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「やった!」
俺は思わずクククと笑いながら、先生の胸にぎゅっと抱きついた。
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