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第2話 「触りたいの千冬だけだから」

「えー、啓介の弟? めっちゃ可愛い」  初めて会ったときの史人さんの第一声はこれだった。俺が小六のときだから、今から三年以上前の話だ。  ぶっちゃけ、小六の男にとって「可愛い」は誉め言葉じゃない。  というよりむしろ……俺は「可愛い」と言われるのが死ぬほど嫌いだった。  だって、俺は多分本当に、まあまあ可愛いらしいから。 「千冬くんって肌の色、白っ! 睫毛長っ! ゆりりんに似てるよね!」 「あー! わかる! ゆりりんっぽい! いいなあ、肌すべすべで……」  アイドルグループ、フライフラワーズのセンター、(ほまれ)ゆりこと、ゆりりんは当時、女子のなりたい顔ナンバーワンだった。他のメンバーの名前なんて全然覚えられなかったけど、ドラマにもちょくちょく出ていたゆりりんのことだけは俺も知っていた。  手足が長くて。華奢で。フライフラワーズはメンバーがみんな花の名前らしいが、ゆりって名前に似合いの白が似合う綺麗な人だなあとは思っていた。けど、そのゆりりんと自分が似ていると言われると、俺としてはめちゃくちゃ複雑だった。  確かに俺は色白だと思う。体も細くて背もまだまだ小さくて。声だって声変わり前だったから甲高い。でも俺だって男だし、女の子に似ていると言われるとやっぱりちょっと……嫌だ。  さらにむかつくのは、その女子顔のせいなのかなんなのか、やたらめったら男にもてたことだ。 「あのさ、千冬、俺、お前のことずっと可愛いって思ってた。好き、なんだ」  幼馴染にまでそう言われたところで俺はほとほとうんざりしてしまった。  好きってなんだよ。可愛いってなんだよ。  この顔がってこと? それ、ゆりりんに似てるからってことだろ。じゃあ、ゆりりん推してればいいじゃん。俺じゃなくてよくない?  さすがにそこまでは言えなかったが、なんだかもろもろショックでそいつとはそれっきり疎遠になってしまった。  以来、俺にとって「可愛い」は禁句だ。なのに、史人さんは言った。可愛い、と。  そんなやつ、好きになれるわけがない。 「俺、弟いる生活憧れでさあ。なあ、千冬って呼んでいい?」 「え、嫌です」  ずばっと言って背中を向けた。普通はここで終わりのはずだ。ずっと仲良くしていた幼馴染とだってそうだったんだから。にもかかわらず、史人さんはその後も俺に構ってきた。  兄ちゃんの友達だから俺のひとつ上の中学一年生。小六と中一。それほど差はないし、話題も近いといえば近かったけど、中学生ってのになればそれなりに賢くなるものだと俺は思っていた。が、その俺の予想に反して、史人さんはまあまあ、馬鹿だった。 「ねえ、千冬、知ってる?」 「なに」 「ジャイアントパンダのうんこってめっちゃいい香りらしいよ。主食が竹だから清々しい香りがするんだって。ちょっと嗅いでみたい」  ……こいつ、俺より子どもじゃん。  あるときにはこんなことも言っていた。 「今、俺、おじさん集めてんの」 「は? おじさん? って、え?」 「お前、知らないの? おじさんといえばこれじゃーん」  ずいっと差し出されたのは、手のひらサイズの魚のフィギュア。色は夕焼けみたいな朱色。 「おじ、さん?」 「オジサンって名前の魚。ガチャポンで集めてんだけどさあ、表情の種類が一〇八あんの! 煩悩と同じ数! これコンプリートするのが今年の俺の目標!」  ……中学生って暇なんだな。  さらさらの栗色の髪に、すっと切れた目尻。姿勢がよくて、清潔感もあって。ぱっと見、そこらのアイドルより顔はかっこいい部類に入るのに、口を開くとこんな調子で、なんか兄ちゃんの友達というよりでっかい弟が増えたような気がしていた。  けど、俺が思いっきり下に見ているにも関わらず、史人さんは俺の頭をぐりぐり撫でるのが大好きで、ことあるごとに「可愛い」と言った。それは俺が小学校を卒業して、史人さんと同じ中学に上がっても変わらなかった。  中二になってもうちに入り浸っている史人さんに俺は呆れていたし、撫で回されてうんざりもしていて、その日も噛みつきまくっていた。 「いい加減にしろってば! 勉強の邪魔!」 「え、そなの? したら俺、教えるし。言っとくけど俺、啓介より成績上よ~」  それは知っている。あいつアホみたいなふりして学年トップなんだよマジありえねえ、と兄ちゃんがぼやいていたから。 「俺、兄ちゃんよりは勉強できるんで別にいい」 「あー、そうだよね。それっぽい。本も難しいの読んでるし。建物見るの、好きなんだよね、千冬は」  言われてちょっと驚いた。確かに俺は建築物を見るのが好きだ。サンタに「世界のアイコニックな建物百選」なんて図鑑を頼むくらいには。でもそれをこの人が知っているとは思わなかった。  この人なんなんだろう、と訝しんだけど、その発言の最中もひっきりなしに頭を撫でてくる。その距離感はさすがにウザかった。 「ってかいっつもいっつも撫ですぎ! なんでそんな触んの!」 「え? 可愛いから?」 「可愛いのが好きならふれあい公園行ってウサギ撫でてろってば!」 「それは嫌」 「なんで! アレルギーかよ!」  だとしたら仕方ない。いや、撫でるのを認めたわけじゃないけど!  ぷんぷんする俺の髪に触れながら、史人さんは笑った。馬鹿みたいなことばっかり言うくせに妙に理知的な目元を細めて。 「触りたいの、千冬だけだから」

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