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第53話 ぎゅって、したい。
メッセージをやり取りするようになってから、史人さんはいつも自分から挨拶してくれた。朝起きるともう史人さんからの、おはよう、が届いていたし、どうでもいい話をするときだって、話題はいつも史人さんが提供してくれた。
この日もそう。俺より先にあの人がおはようと笑ってくれた。それがうれしくて。
いつしか俺はそれを待つようになっていた。
でも……きっとそれだけじゃいけなかったんだ。だってそうだろう。怖いって思ったとき、一番きついのってその恐怖をたったひとりで抱えなきゃいけないことじゃないのか?
なにも紡がれていない画面を見ていたら目頭が熱くなってきた。
――史人さん、こんばんわ。
その夜、帰宅してから俺は更新されていなかったトーク画面にそっと言葉を打ち込んでみた。そうして数秒待つ。
するとぽっと、既読が点いた。素っ気ないくらい、シンプルな「既読」の文字に励まされ、俺は追加のメッセージを入力する。
――この間はごめんなさい。俺、ガキで。自分の気持ちばっかり押し付けて。困らせた。
また既読。でも返信はない。それでも、俺は指を動かす。
――あれからずっと考えてた。史人さんが震えてた理由。でもやっぱりよくわかんなかった。そんな俺じゃなんもできないのかなって思ったりもした。けど、けどね。
既読。俺はすうっと息を吸う。
――一個だけ、思いついたんだ。してあげられることじゃなくて、俺がしたいこと。聞いてくれる?
既読。聞いてくれるともくれないとも言われない。反応のなさに、指が震える。でも俺はそっと指先から言葉を放つ。
――俺、史人さんのこと、ぎゅってしたい。史人さんの震えが止まるくらい。大好きな史人さんが笑えるくらいに。そんで……ずっと一緒にいたい。
……既読。
やっぱり返信はなかった。けど、なぜか「既読」というその文字が震えているような気がした。
史人さんが俺のメッセージをどう受け取ったのか、考えたら怖かった。これくらいの距離でいたいって史人さんに線を引かれたのに、その線を踏み越えるようなことを言ってしまったのだ。嫌われても仕方ない。
でも……後悔はなかった。史人さんの恐怖に触れずに、なにもなかったみたいな顔はやっぱりできなかったから。なにより、あの日から更新されていなかった真っ白なトーク画面を見たら、このままにしたくないって思っちゃったから。
おはよう。
おやすみ。
今日はなにがあった?
大丈夫? 唐揚げ一緒に食べよう。
シンプルな言葉。でも温かくて優しい、文字。それはただの言葉じゃなくて、これまでのふたりの時間そのもので。送られるメッセージの中にはいつも史人さんがいて。
ううん、文字だけじゃない。
フロアでお互い仕事をしながらすれ違うとき。
休憩が一緒になって事務所で顔を合わせた瞬間。
こちらを見るや否や、優しく解ける史人さんの眼差しに俺はいつだって夢中だった。
そしてそれは多分、中学のときからそうだったと今ならはっきりとわかる。
部活終わりの俺を昇降口で待っていた史人さん。
一緒に帰ろうと肩を抱いてくる、史人さん。
啓介に本、返しに来たんだ、と言いながら俺の髪を撫でてくれた史人さん。
あの全部の瞬間が大事で。失いたくなくて。
思い出になんて、できなかった。
「史人さん」
史人さんはどうですか?
教えてよ。
夜の底に声を落としながら目を閉じ、朝を迎えて俺は気が付いた。
スマホに通知が一件あった。送信者は史人さんで、そこには、
――少し、待って。ごめん。
とだけ、刻まれていた。
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