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第52話 できること。
――史人さん、そのまんまじゃだめなの? わかんないよ、俺、わかんない。
史人さんに投げつけた自分の声が耳の中で木霊する。
ガキの癇癪でしかない。史人さんの心を抉るだけの爆弾みたいな言葉だったと思う。
けど……俺は史人さんをわかりたかった。史人さんのそばにいたかった。それを示すためにあれ以上なにが言えただろう。
そもそも史人さんにそのままでいてほしいと言う俺が……できもしない大人の顔をして言葉を紡いだとして、それは史人さんに届いただろうか。
あの日、キス、しそうになったあの日。
史人さんの中でなにが起こったのか、俺にはわからない。わかるのは……あのとき、史人さんがひどく怯えていたということ。
それはなにに対してだったのだろう。俺に? いや……史人さんは俺とキスしたいって言ってくれた。したいけど、震えてた。あれってなんでだったんだろう。
友達の弟と距離がおかしくなったことが怖い? あるいは人にばれるのが嫌?
それとも……男を好きになったそのこと自体がだめなことってまだ思い込んじゃってるから?
だとしたら、俺にできることってなんだろう。なにもしないことだろうか。なにもせず距離を置くこと? そのほうが史人さんは楽になれる? そうかも。でも。
「あー! 俺ほんとだめだ!」
「え、なになに!」
東がびくっとする。ごめん、と頭を下げつつ、俺は長椅子から立ち上がった。ロッカーを開け、制服のポケットを探る。バイト中はスマホをロッカーに。それがこの店のルールなので、画面上には広告やら、普段追いかけている動画の配信情報などが通知として上がっている。が、俺はその通知をすべて閉じた。
そして、あの人とのトーク画面を開いた。
毎日なんてことのない会話を積み重ねたその画面の末尾にあるのは、シンプルだけど愛おしい挨拶の記録。
――千冬、おはよう。
――おはよ、史人さん。
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