68 / 68
第68話 「ね、ぎゅってして」
「そういや、結婚式の招待状、届いてた……ってか、それ、貸して」
「兄ちゃん、いよいよかー……ありがと」
ネクタイがうまく結べず悪戦苦闘している俺を見るに見かねてか、史人さんが俺の手からネクタイを抜き取り、結んでくれる。
相変わらずこの人は器用だ。自分のネクタイも時々失敗する俺は、人のなんて絶対結べない。すごいなあ、なんて感心する一方で、ネクタイを結ぶ史人さんの表情がセクシーで、つい顔を赤らめてしまったことはもちろん内緒だ。
「あいつも片想い長かったからね~。感無量じゃないの。俺、結婚式中号泣しているに五千円賭けるわ」
「俺は一万円! って、これ、水香さんにばれたら殺される」
兄ちゃんの好きだった人が水香さんだと知ったときはめちゃくちゃ驚いた。けど、その兄ちゃんも長い片想いを実らせて結婚だ。あのちょっとおっかない人が義姉さんになるのかと思うと震えるけど、きっと大丈夫。うん、きっと。多分。おそらく。
ただ気になるのはやっぱり、あの人のこと。
「実弥さんも結婚式には来るよな」
「うん」
「彼氏と来るのかな。その辺り、どうなのさ、元彼氏さん」
「その節は……すみません」
完全な無表情に戻られて、俺は反省する。
……実弥さんは、高校卒業後、イギリスへ留学し、そこで彼氏ができたそうだ。水香さん→兄ちゃん経由で聞いた。金髪碧眼のイケメンらしい。それを聞いて、俺は、ちょっと、いや、かなり安心した。
史人さんにその気がないのはわかっている。でも、実弥さんの史人さんへの想いは本物だったから。だからこそ、あの人のことを思い出すと今でも胸が騒いでしまう。
こんなの、よくないんだけど、それでも。
「はい、できた」
声とともにネクタイから手が離される。見れば俺じゃ絶対そうはならないくらい、綺麗に結ばれていた。
「ありがと」
口の中で言ってそうっと洗面台へ向かおうとする。考えても仕方ないことを考えてしまったときは、史人さんの顔を見られない。史人さんは俺のさっぱりしたところに惚れたと言ってくれている。そんなこの人にダークな部分は見せたくないし。
……けど、史人さんは容赦なかった。
いきなりくいっと肩が引かれ、俺はたたらを踏む。
「え、ちょっと、なに」
「んー、今朝はいつものまだしてもらってないから」
「いつもの……?」
「ぎゅーってするやつ」
「そ、それ、さっき、ベッドでしたじゃん」
せっかく顔の赤味が引いたのに、また頬が熱くなってしまう。
ぺちぺちと頬を叩いて熱を逃がそうとする俺を見ているはずなのに、史人さんは容赦なかった。
「あれは俺からじゃん。俺は千冬からしてほしいの」
……子どもか!
唖然とする俺をあっさりと長い腕で包みながら、耳元で史人さんが言う。
「ね、ぎゅってしてよ、千冬」
……仕方ないなあ。
なんて、思いながらも、俺は笑ってしまった。
だって、考えてみれば、付き合ってからずっと、こうだったから。
どれだけもやもやしていても、学校で、仕事で、むかつくことがあっても、この人のこのお願い事を聞くと、どうでもよくなってしまう。
ぎゅってすることしか考えられなくなってしまう。
バイトの帰り道、お休みの日出かけた後の別れ際。
この後、別々の場所に行くのが嫌すぎて離れられなくて。その寂しさと求める心が引きあう感じ。それが一緒に暮らしている今も続いている。
だから、俺は今日も、この人を抱きしめる。
「ぎゅーっ」
あえて口で言いながら体に腕を回す。俺は小柄で史人さんは背が高いから、抱きしめるより抱きしめられているみたいになっちゃうけど、それでもいい。
だってこうしていれば、なんにも怖くないし、大丈夫だってことをふたりで確認できるから。
それを俺達はあのころ、知ったんだ。
「そろそろ出なきゃね」
「そだね」
なんて言いながら、時計の秒針に逆らうように俺達はお互いの体に腕を回す。
あんなに遠くて、わからなかったこの人の心が今はここにあって。熱とともに伝わってくる。その幸せを噛みしめながら、俺は今一度抱きしめる腕に力を込めた。
……了……
🐤🐤🐤あとがき🐤🐤🐤
長い物語を最後までお読みいただいて…! 本当にありがとうございます…!
fujossyでの投稿2作目。久しぶりの公開ですごく緊張いたしましたが、3日間で1400PVいただけて……リアクション、お気に入り、すきもいただけて…(泣)ランキングも前作では入れていなかったと思いますが、今回は3日連続入れてもらえて……。
めちゃくちゃ!うれしかったです!!!
すべて、お読みいただいた皆様のおかげだと思っております。
本当に、本当にありがとうございます…!
今作のラスト、ふたりとも大人になりましたが、高校生から社会人になる間のすったもんだについては詳細は書いていなくて。でも、このふたりについていつかもっと書いてみたいと思っております。困ったちゃんでやたら色気ある史人と男前だけど好きな人の前では可愛くなってしまう千冬、まだ書き足りないので(*´σー`)エヘヘ
今後、公開した際はぜひ、またお越しいただけたら幸いです。
皆様のおかげで、投稿が毎日とても楽しかった。
温かく受け止めていただけたこと、絶対、忘れません。
本当に本当にありがとうございました……!
これを書いている今、外は雨。台風が来ております。
どうぞ皆さま、くれぐれもお気をつけて。
この度は本当にありがとうございました!
2026.6.26 緒川ゆい
ともだちにシェアしよう!

