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第67話 うれしい

「……はっ?!」  ぎょっとして身を起こそうとするけど、史人さんの腕がしっかりと腰に回っていて動けない。ちょっと、と慌てる俺に向かって史人さんはふんわりと笑いかけてくる。 「このままがいいなんて言われてさ、なんもしないでいられると思う?」 「え、え、いや、あの! さすがに朝だし! 仕事、ほら! 仕事行かないと……」 「リモートにしちゃおうかな」 「いやいやいや! 史人さんはそれできても、俺はできないから! 無理だから!」 「ですよねー……」  溜め息をつく。その顔を見てほっとしたのも束の間、体に回った腕にきゅうっと力が込められ、胸の中に引き込まれた。声もなく顔を赤らめる俺の耳元で、史人さんが囁く。 「じゃあ、さ、帰ったら、していい? いいって言ってくれたら、今日一日、頑張れるから」  ……なんなんだよなんなんだよ、この人ってば、もうもう!  千冬? と呼んでくるその声。しっとりと甘くて、温度のあるその声。  この声に頼まれたら、どんなことだって俺は……。 「うん、いい、よ」  って、言っちゃうじゃないか……。 「活力、注入されたあ」  幸福な降伏をしてぐったりしている俺の体から、史人さんがそうっと腕を引く。ほんのり寒くなった気がしたけど、感覚に目を瞑って、立ち上がる史人さんに倣って俺も起き上がる。  朝陽の中、乱れた髪をさらっと手櫛で直す史人さんはやっぱりすごく、かっこよかった。  高校を卒業した後、史人さんは髪色を黒に戻した。そのせいか、落ち着いた雰囲気が加わって立っているだけで得も言われぬ色っぽさがある。  こんなにかっこよくて、なんていうか、言葉を選ばずに言えば、エロス駄々洩れの人が、広告会社でWEBデザイナーなんてやってて、誰かに惚れられるんじゃないのか、とやきもきするけど、史人さんはいたって平静で、 「ゲイだって言ってるし。パートナーと住んでるって話もしてる。大丈夫」 なんて、笑っていた。それどころか「妬いてくれんの? うれしい」なんて頬まで染められて、反応に困った。  あんなに怯えていた人と同一人物とは思えぬオープンさに、俺の方が圧倒されてしまうほどだ。  けど俺は、それがすごく、うれしい。

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