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第2話 命の重さ
やけに大きな屋敷に連れてこられた。
(典薬寮の本拠地……ではないな。花山院の屋敷か?)
典薬寮の事務所は一般公開されている。何度も下見したから、よく覚えている。この屋敷は、初めて見る。
屋敷に入ると、大きな部屋で宇緑と二人きりにされた。
(こんな、訳の分からない男と二人きりにされても)
もう一度、暗殺を試みるにしても、隙がない。
術を解かれたのに体が動かないのは、螢緋の本能が勝てないと悟っているからだ。
螢緋の中に、さっきまでとは違う不安が過った。
そんな螢緋を、宇緑が面白そうに眺めている。
「ちょっとは焦りとか、出てきた?」
「お前がわからなくて、不安にはなった」
螢緋の言葉を、宇緑が嬉しそうに受け止める。その顔がもう理解できない。
「螢緋が、自分が死ねばいいと思ってるって、どうしてわかったと思う?」
ワクワクした子供のように、宇緑が前のめりになる。螢緋は後ろに仰け反った。
「お前が最強だから?」
宇緑がケタケタと笑った。
「それは、そうなんだけど、そうじゃなくてね。俺を殺そうとした時や、その後の螢緋に焦りや不安が全くなかったから。心がフラットだった。訓練されていても、中々こうはいかないよ。優秀な兵隊さんだね、螢緋」
螢緋は首を傾げた。優秀だなんて評価をされたことがない。
宇緑が笑いを収めた。表情が、締まる。
ドクリと、螢緋の心臓が冷えた。
「そんな優秀さは俺の元では必要ない。むしろ邪魔だ。螢緋の中に、あっていい感覚じゃない。だから、全部取っ払っていこうと思う」
「取っ払う? 何を?」
「螢緋が訓練で得たもの総てだよ」
それは螢緋にとって、これまでの人生の総てだ。螢緋には、飼い主に拾われる前の記憶がない。
「例えば、この部屋に俺と二人きりにされて、ちょっと不安になったんだろ?」
螢緋は素直に頷いた。
「つまり、螢緋の中には不安とか焦りって感情が、ちゃんと眠っているんだ。それを起こしてあげるんだよ」
「そんなもの起こしても、使い物にならなくなるだけだ」
仕事をこなすために、我が身を守る感情は必要ない。
宇緑が首を横に振った。
「恐れや怯えを感じるほうが、強くなれる。本来そういうものなんだ」
宇緑の言葉が、螢緋にはわからない。今まで真逆の言葉で育ってきた。
「いざとなったら、自分の命を使うほうが、効率がいいと思う」
宇緑があからさまに顔を顰めた。
「はい駄目~、螢緋は今、間違いました。バツとして、今夜は俺と寝ます」
螢緋の眉間に、わずかに皺が寄った。
「嫌だって思ったね。ちょうどいい罰ゲームだ」
宇緑が得意げな顔をする。
「お前を殺そうとしている男と、一緒に寝るのか?」
益々、理解できない。
「ん? まだ俺のこと、殺そうとしてる? 螢緋には無理だよ」
宇緑がさらりと言ってのけた。確かに、螢緋の実力では、宇緑を殺せない。
「けれど、ターゲットは目の前にいて、俺は生きている」
この場合、指示は継続だ。
宇緑が螢緋の手を握った。逃げるより早く掴まれた。螢緋の手を、宇緑が自分の胸にあてた。
「ここまでしても、螢緋は降参しないの?」
ごくりと、息を飲んだ。掌に宇緑の霊力と呪力を感じる。圧迫感があり過ぎて、逃げ出したい。
例えば、この場で呪力を放出したとしても、宇緑を殺せない。それどころか、返り討ちだ。
心臓に手を当てているのは螢緋なのに、無防備な宇緑が恐ろしい。
指先が無意識に震える。得も言われぬ恐怖が、ジワリと胸の奥に滲む。
(俺は今、心の底から、宇緑に怯えている。俺はもう、この男に刃を向けられない)
本能が警鐘を鳴らす。この男に歯向かうな、と。螢緋の指先が、震えを増した。
「いいね、ちゃんと怯えている」
宇緑がやっと手を離した。螢緋は咄嗟に自分の手を引っ込めた。
「だから、今日から螢緋は俺の側近。今夜は一緒に寝る。わかった?」
宇緑の顔が、やけに嬉しそうに笑んでいる。何が楽しいのか、全く理解できない。
「……わかった」
螢緋ができる返事は一択なのだと思い知らされた。
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