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第3話 温かい音

 夕食を与えられ、風呂に入れられた。湯上りにコーヒー牛乳までもらった。 「コーヒー牛乳、美味しい」  そういえば、初めて飲んだ。甘い飲み物は薬以外で初めてだ。 「何か混ぜ物が?」  隣で同じコーヒー牛乳を飲んでいた宇緑が吹き出した。 「ないない。コーヒーと牛乳しか混ざってない。俺も飲んでるでしょうが」  宇緑が瓶をフリフリしてみせる。螢緋は自分の瓶と見比べた。 「俺のだけ……混ぜてあるとか?」 「ないから。飲み終わったら寝室に行くよ。明日も早いからね」  螢緋の腕を引いて、宇緑が歩き出した。強い力ではないのに、振り払えない。  螢緋はコーヒー牛乳を飲みながら引っ張られて歩いた。 「気に入った?」  宇緑が、ちらりと後ろを振り返った。 「うん、美味しいから」 「それは良かった」 「何か混ざっていたとして、それで死んでも悔いはない」 「その発想はよろしくない」  宇緑が苦々しい顔になった。 「素直に美味しいと思えるまで、感覚を戻さないとね」   宇緑が部屋の扉を開けた。螢緋から空の瓶を受け取る。次の瞬間には、螢緋の体はベッドに倒れていた。 (いつの間に投げられた? 飛ばされた?)  自分が何をされたのかすら、わからなかった。キングサイズのベッドの上から宇緑を見上げる。 「やっぱりお前は、化物だ」 「そんなに褒めるなよ。照れるだろ」  宇緑が頭を掻きながら、はにかむ。その表情が、もう理解できない。 「さて、そんじゃ寝ようか」  宇緑がベッドに乗ってきた。螢緋は端に避けた。宇緑が寄ってくる。螢緋はまたベッドの端に逃げた。 「広いベッドなんだから、そんなに端に行かなくて良くない?」 「お前が寄ってくるから」 「一緒に寝るって言っただろ」  当然といわんばかりの顔をされた。解せない。 「同じベッドで寝るのは、わかった。少し離れて欲しい」 「嫌だよ」  即却下された挙句、布団の中に押し込まれた。  螢緋は、ピンときた。この状況で思い当たることが、一つだけある。 (これは……そうか。そういうことか)  螢緋は、強張った体の力を抜いた。 「この命はお前のモノだ。体も好きに使え」  服を脱ごうとする螢緋の手を、宇緑が握った。 「こらこら。まさか、今から俺に抱かれると思ってる?」 「違うのか? 一通りはできるから、望む通りにする」  宇緑が息を飲み込んだ。顔をしかめると、盛大に息を吐いた。 「そんなことまで、させられていたのか……いっそ今すぐ、殺してやりたい」  宇緑の声に殺意が乗っている。ビクリと、螢緋の肩が震えた。 「はぁ……益々クズだね、雲類鷲家」  螢緋の心臓が大きく、ドクリと下がった。 「どうして、その名前……」  雇用主の名前は出していない。記憶を読まれた覚えもない。 「俺の命を狙おうなんて無謀な輩は、どうせ雲類鷲才貴ってところだろ。手練れの呪禁師を囲っている家系って、限られるからね」  宇緑の指が、螢緋の顎を持ち上げた。 「拾ったその日に手籠めにする趣味とか、俺にはないの。本当に一緒に寝るだけだからね」  宇緑がもぞもぞと布団に入る。螢緋の背中に体をピタリと押し付けた。 「こうやって、くっ付いて寝る」  やけに嬉しそうに、螢緋の肩に宇緑が顔を埋めた。 「近い」  宇緑の腕が螢緋の体を羽交い絞めにして、動けない。 「近くないと意味ないんだよ。音が聞こえないだろ」 「音? なんの?」  宇緑が自分の胸を螢緋の背中にくっつけた。 「心臓の音。命の音だよ」 「命の……」  トクン、トクンと鼓動が響く。自分の音と宇緑の音が重なって聞こえる。 「俺の肌、温かいだろ」 「温かい」 「これが、生きている熱だ」 「生きている、熱」  自分を羽交い絞めにする手に触れる。確かな温かさを感じた。 「大丈夫、螢緋もちゃんと温かいよ」  胸が、ざわりと騒いだ。目頭がじんわり熱くなる。どうして目が潤むのか、わからない。 「俺も、温かいのか」 「温かいし、鼓動も聞こえる」  宇緑の手が、螢緋の胸に触れる。ビクリと体が震えて、鼓動が跳ねた。 (宇緑の熱が、俺に触れている)  どうしてか、心が震える。心臓の鼓動が輪郭を持った気がした。 (もう、この手を振り払えない)  自然と、そう思った。体から力が抜けて、瞼が重くなる。 「……おやすみ、螢緋」  耳元で宇緑の声が聞こえた。声に誘われるように意識が眠りの淵に沈んでいった。

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