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第5話 三年後の朝

 月夜の出会いから、三年――花山院家。  けたたましいアラーム音が鳴り響く朝、螢緋は宇緑の部屋の襖を開けた。 「宇緑、朝だ。起きろ」  ベッドで布団に包まる宇緑を、トントン叩く。宇緑が更に奥に潜った。 「今日はゆっくりでいいよ。頭が痛い」  力ない声が布団から漏れ流れた。 「だから昨日、飲み過ぎるなと言ったのに」  遊馬と年代物のウィスキーを開けて、はしゃいでいた。  終夜と二人で注意したのに、無駄だった。 「遊馬は早朝からランニングして体を鍛えている。宇緑も起きろ」  昨夜の酒など飲んだことを忘れたみたいに、雄馬は朝から外に走りに行った。それはそれで化物だと思う。 「筋肉馬鹿と一緒にしないでよ。呪力はフィジカルとイコールじゃない」  宇緑が布団の中でモゴモゴ言っている。 「体術も大事だと、いつも言っているのは宇緑だ。起きないなら布団を剝ぐ」  丸まった布団を勢い良く引っ張った。中から丸まった宇緑が出てきた。 「酷いよ、螢緋。いつから、そんな冷たい子になったの」 「冷たい、のか? 終夜がいつもの駄々っ子だから、起こして来いって」  本人が眠いというのに叩き起こすのは確かに冷たい。  しかし、起床時間は過ぎている。終夜は起こしていいと言った。  色んな情報が螢緋の脳内を錯綜する。 「あれ、迷っちゃった? そこは自信持って、お前が悪いって言っていい所なんだけどな」  のっそり起き上がった宇緑が、ベッドの上で胡坐をかいた。大欠伸しながら腹を掻いている。 「朝から螢緋が可愛いから起きる気になったよ。終夜、わかってるなぁ」  宇緑が指でクイクイと螢緋を呼ぶ。呼ばれた通り、螢緋は宇緑に寄った。 「螢緋が頬にキスしてくれたら、起きようかな」  耳元で囁いた宇緑が、クスリと笑んだ。螢緋は、宇緑の姿を確認した。 「宇緑はもう起きているだろ。そういうことがしたい?」  螢緋は首を傾げた。  宇緑は時々こういうことを言うが、全部冗談だと笑い飛ばす。  だから、今の言葉が本気か冗談かわからない。 (そういうことは恋人同士でないとダメだと、宇緑は俺に教えたのに)  宇緑とは恋人ではないから、そういうことはできない。思い悩む螢緋を、宇緑がまじまじと眺める。 「あー……可愛いなぁ、螢緋。うっかり、そういうことがしたくなるね」  宇緑の指が螢緋の顎を撫でる。唇が近付いて、吐息が触れた。 (あ、キスしそうだ)  宇緑がしたいなら、避ける理由はない。  螢緋は宇緑の唇を見詰めて、目を細めた。 「良い訳がないでしょう、馬鹿なんですか」  後ろから終夜が螢緋を引っ張った。  もう片方の手で、宇緑の顔を押し退けた。  宇緑の首が、変な音を立てて曲がった。 「痛いよ、終夜」 「やけに遅いから気になって来てみれば。何をしているんですか、宇緑さん」 「何って、おはようのちゅう」  終夜の指が、宇緑の額に思い切りデコピンした。 「いだっ!」  宇緑の体が大袈裟なほど仰け反った。  終夜の指先に軽く呪力が乗っていたから、あれは痛い。 「いいですか、螢緋。馬鹿の言葉を本気にしてはいけません。キスとかそっち系は全部、流しなさい」 「わかった」  終夜を見上げて、螢緋は素直に頷いた。  仲間の言葉は、宇緑の言葉と同じように受け入れている。  特に終夜の言葉は、宇緑より説得力がある。 「私が宇緑さんを引き摺って行きますから。螢緋は朝食の準備を手伝ってきなさい」 「うん、行ってくる」  くるりと振り返り、襖を開ける。 「口移しするつもりだったんですか。洒落になりませんよ」  終夜が声を潜めた。 「洒落のつもりないけどね。してみてもいいかなと思ったよ」 「宇緑さん……そういうのは、我々に声を掛けてからに……」  終夜と宇緑の小声の会話が気になったが、螢緋は部屋を出た。 (次の俺の仕事は、朝食作りの手伝い)  螢緋は真っ直ぐキッチンに向かった。

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