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第6話 馴染んだ食卓

 (よそい)と一緒に朝食の準備をする。  テーブルに食事を並べ終わった頃、遊馬が風呂から出てきた。 「今日も、いい汗かいたなぁ」  朝から四十キロ走って、シャワーを浴びて爽やかにしているのだから、遊馬は健康だ。 「朝飯は鮭の麹焼きと野菜の煮つけか、いいな」 「蒸し鶏の特性だれも作っといたよ。遊馬、好きでしょ?」 「さすが、粧。気が利くなぁ」 「僕に任せれば、食事管理は完璧なんだから。美容と筋肉って、色々似てるからね」  粧が胸を張る。確かに、粧が作るご飯は美味しい。 「ふぁぁ、味噌汁のいい匂いがする」  欠伸を噛み殺しながら、宇緑が終夜と共にダイニングに入ってきた。 「朝食くらい、ちゃんと摂ってくださいよ。食べて目を覚ましなさい」  終夜が苦々しく注意している。 (あれから、ずっと叱られていたのだろうか)  ちょっと可哀想になったので、螢緋は宇緑の頭を撫でた。 「え? 何々? どうしたの」 「螢緋、ご飯よそうの、手伝って~」 「わかった」  宇緑の問いには答えずに、螢緋は粧を優先した。 「最近、螢緋が俺に冷たい。反抗期かしら」 「シンプルに、馴染んだ証拠です」  ショックを受けた顔をする宇緑を、終夜がぴしゃりと切り捨てた。 「確かに、今となっちゃぁ螢緋がここにいることに、違和感がねぇもんな」  味噌汁をよそいながら、遊馬が頷いた。さりげなく手伝ってくれる遊馬は優しい。 「螢緋がご飯の支度を手伝ってくれるから、僕は楽になったなぁ」  粧が螢緋に笑いかける。盆に載せたご飯を人数分、テーブルに置いた。 「家事も仕事も、覚えが早いですからね」  終夜に褒められた。ちょっと嬉しい。 「どんな仕事も嫌がらねぇし、偉いよな」  遊馬が、螢緋が持つ盆に味噌汁を載せる。 「嫌がらないからって、何でもやらせ過ぎないでよね。螢緋は俺の側近なんだから」  宇緑が拗ねた子供のような顔をする。その前に味噌汁を並べた。 「そこは勿論、気を付けていますよ」  終夜が螢緋に目配せした。螢緋は、すっと息を吸った。 「桂伽(けいか)、朝ご飯ができた」  床に向かって大きな声を飛ばす。  パタン、と床が揺れた。ガタガタと床の板が開いて、細身の男性が現れた。 「眠い、お腹減った」  宇緑と同じように眠そうな顔をして、桂伽が席に着いた。 「全員揃いましたね。では、いただきましょう」  終夜がテーブルを見回す。 「いただきます」  全員で手を併せて、箸を持った。  この屋敷は花山院別邸、宇緑の私邸のようなものだ。同時に典薬寮の本部でもある。  三年前に螢緋が調べた典薬寮の事務所は、出先の出張所だった。言ってみればフェイクに近い。  典薬寮の本部の守備は厳重だ。京都御苑の中にある上、二重結界で隠されている。 (こんなに強力な結界で囲っているのだから、見付かるはずがない)  恐らくは雲類鷲の人間でも、入り込むのは不可能だろう。それくらい、宇緑の強い呪力で守られている。  典薬寮の本部には、寮頭の宇緑を始め、それを支える仲間たちが住んでいる。 「今朝の明太ポテサラ成功じゃない? めっちゃ美味しくできた!」  明太ポテサラに喜んでいる幻中(まもなか)(よそい)は料理担当ではなく、潜入や諜報担当の術者だ。呪術を駆使した変装で別人にも化けられる。 「野菜の煮つけで、飯が進むな」  朝から食欲旺盛な筋肉の塊は五百久(いおく)遊馬(あすま)、特攻や前衛を得意とする術者だ。  その隣で黙々と食事をしている細身で小柄、不健康そうな男が、交久瀬(こうくぜ)桂伽(けいか)。呪術系の電脳能力を活かしたハッカーで情報担当らしいが、螢緋にはよくわからない。 「螢緋、おかわりほしい」 「ご飯か、味噌汁か?」 「味噌汁」  螢緋は席を立ち、桂伽の味噌汁をよそって戻った。 「ありがと。そうだ、これ。昨日のお礼」  ポケットをごそごそして取り出したのは、大きな飴玉だ。受け取った螢緋は首を傾げた。 「昨日、何かしただろうか」 「粧のおやつ、届けてくれた」  経過は基本、地下の自室に籠っている。甘いものが好きなので、おやつを逃すのは悔しいらしい。だからその都度、声を掛けるようにしている。 (部屋まで届けるのは、滅多にしないか)  桂伽の部屋は特殊で変わった音がするので、螢緋は最初、長居できなかった。他の皆には聞こえない音らしい。螢緋は耳が良いのだそうだ。  最近は少しずつ桂伽の部屋の音に慣れてきたから、滞在時間も増えてきた。粧や桂伽とは年が近いから、一緒にいる機会も多い。  終夜や遊馬は少しお兄さんだから、仕事の手伝いで一緒にいることが多い。  螢緋は手の中の飴玉を眺めた。心がほっこりして、微笑んだ。 「ありがとう。あとで食べる」  螢緋は飴玉を大事にポケットに仕舞った。 「次、部屋に来てくれたら、チョコレートあげる」 「行く」  螢緋は即答した。桂伽がくれるチョコは美味しいから好きだ。 「こらこら、螢緋をお菓子で釣るんじゃない。俺の側近だって言っているだろ」  宇緑が拗ねた顔をしている。 「いいんですよ。螢緋には皆と万遍なく仲を深めるように言ってあります」  当然のように宇緑の意見を却下するのは、院瀬見(いせみ)終夜(しゅうや)。宇緑の片腕で組織のブレーンだ。纏め役で、いつも苦労していると螢緋は思う。 「俺が一番、仲良しだと思う。ね?」  桂伽が螢緋を振り返った。螢緋は素直に頷いた。 「僕だって仲良しだよ。毎日一緒にご飯、作っているんだから。そうだよね?」  粧に振られて、螢緋は素直に頷いた。 「俺と走ったりも、しているよな?」  午後の筋トレは遊馬と一緒が多い。だから、頷いた。 「私の事務処理も、手伝ってくれていますしね」  終夜はいつも忙しいので、自分から声をかけて手伝っている。螢緋は頷いた。 「みんな、狡くない? いつの間に俺より仲良しになってんの?」  宇緑が絶望的な顔をした。 「毎晩、一緒に寝るのは宇緑だけだから、仲良しだと思う」  三年前のあの日から、寝る時は宇緑と一緒だ。  皆の微妙な視線が宇緑に集まった。宇緑が、きょろきょろと周囲を見回す。 「寝る……仲良し?」  桂伽が信じられない者を見る目を宇緑に向けた。 「宇緑さん、まさかだけどさぁ」  粧が、じっとりと宇緑を眺める。宇緑が慌てて首を振った。 「違う! 誤解だから。本当に寝ているだけだから!」  宇緑が助けを求めるように螢緋を見詰めた。螢緋は首を傾げた。 「毎晩、一緒に寝ている。くっ付いて寝ると、心臓の音がして温かい」 「服は着ていますね?」  終夜に小声で問われて、螢緋は頷いた。 「ほら、ほら! やましいこと、してないから!」  宇緑が何やら必死だ。 「さっきも言いましたが、誘われても断りなさい。緊急時は誰かの所に逃げなさい」 「わかった」  終夜の助言は大事だから、素直に受け入れる。 「そんなに狼じゃないんだけどなぁ」  しょんぼりしながら、宇緑が飯をぱくりとした。 「宇緑さんは反省して」  粧が、ぴしゃりと切り捨てた。 「仕方ないなぁ。反省するしかないな」  遊馬がカラカラ笑っている。 「何でだよぅ」  臍を曲げる宇緑は、ちょっと可愛い。螢緋はクスリと笑んだ。 (これが、仲間。命令じゃない会話)  この三年で覚えた典薬寮の雰囲気を改めて確認する。 「大丈夫だ。今夜も一緒に、くっ付いて寝る」 「螢緋……いい子」  宇緑が螢緋の頭を撫でる。手の熱を感じて、こそばゆい。  螢緋は宇緑の顔をそっと覗いた。 (宇緑が、微笑んでいる)  螢緋の一言で、宇緑が笑顔になる。それが螢緋にとっては何より嬉しかった。

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