9 / 12
第9話 黒い呪禁師
呪具ドラッグについて調査を始めて数日が経過した。
宇緑の指示の元、それぞれが調査を進めている。
今日はそれぞれが調べた情報を共有するため、全員がリビングに集まっていた。
「東九条には、呪具ドラッグを使っていそうな気配を感じる人間が、結構いたよ。やけに邪魅を纏っていたから、すぐにわかった。十代後半から二十代くらいの、若い子が多かったな」
遊馬の報告に、宇緑が頷いた。
「ロムじいさんの話の通りだね」
「伏見はドラッグ使用者の気配がなかったなぁ。むしろ、売人が多かった。向島団地の辺りね。学生っぽい格好で歩いていたら、何人か声を掛けられたよ。だから、買ってきた」
粧がテーブルの上に小瓶を置いた。桂伽が調べた呪具ドラッグの写真と同じ、紫色の液体だ。
「集中力が増すから勉強にも向いてる。気分が昂って気持ち良くなるからキメセクにも最高って売り文句だったよ。おひとつ二万五千円也~」
呪具ドラッグを眺めながら、終夜が腕を組んだ。
「ドラッグにしては安価ですね。バイトしていれば、学生でも買えます」
「まさに若者がターゲット、なんだろうね。変死している二人も、大学生」
桂伽がノートパソコンで新聞記事を見せる。
いずれも、路上で突然、自分の首を絞め始めたり、刃物で胸を刺して死亡している。
「二十代前後を狙っているってことだろ。意図が、わからんなぁ」
遊馬が宇緑に目を向けた。宇緑は記事を読みながら考え事をしているようだ。
「そういえば、特殊係から返事は?」
宇緑が顔を上げて、終夜を振り返った。
「呪具ドラッグの案件は捜査権を回してくださいました。必要であれば本部から人員を配置するとのことです。今のところ御厚意だけ頂きました」
「うん、それでいいよ」
終夜の説明に宇緑が頷いた。
典薬寮は特殊係十三課の協力機関になっているらしい。京都支部が動けない時など、捜査の手助けをしているのだそうだ。
(まさに白い呪禁師。黒い呪禁師と呼ばれている雲類鷲とは真逆だ)
呪禁師協連の重役を務めながら裏で呪詛実験を繰り返していると噂の絶えない久我山一派は、黒の呪禁師と呼ばれる。
派閥の筆頭を務める久我山家の片腕が、雲類鷲家だ。
政界にも太いパイプを持つ久我山家には、呪いを払うという呪禁師本来の依頼より、呪詛依頼のほうが圧倒的に多い。
協連や国に暗黙に守られている久我山一派の呪詛には、たとえ違法であっても特殊係ですら迂闊に手を出せない。
「さて、今回の呪具ドラックについては、完全に俺たちに全権が任された。好きにやっていいってお墨付きをもらったわけだ」
宇緑の声が明るく跳ねた。
「売人から製造元まで縄を掛ける。一切、手は抜かない」
宇緑の断言に、その場の空気が張り詰めた。
「見立て通りなら、雲類鷲の家が多少なりと関わっていそうですが」
終夜が皆の気持ちを代弁した。
「だからこそ、だよ。黒の呪禁師に正面から喧嘩を売ったりできる奴、俺たちくらいしかいないんだから」
宇緑がカラカラと笑う。他のメンツは顔が引きつっていた。
「随分、思い切った目標ですね」
終夜が、ぎこちなく意見する。
「目標じゃない、目的だ。だよね、螢緋」
宇緑の視線を受けて、螢緋は俯いた。
「俺には、よくわからないけど。宇緑がそうするなら、俺もする。ただ……」
螢緋は言葉を止めた。頭の中にある像や想いを乗せる言葉が思い付かない。
「気が乗らない?」
宇緑の問い掛けに、螢緋は首を振った。
「そうじゃない。ただ……変な感じがする。才貴、は……こうじゃない」
何とか言葉にできたのは、それだけだった。
「雲類鷲が製造元やバイヤーじゃないってこと?」
粧の言葉に、螢緋は首を振った。
螢緋は手を伸ばし呪具ドラッグを掴んだ。
呪具ドラッグに残るわずかな呪力の気配を探る。
「雲類鷲の気配は、する。だけど、違うんだ」
螢緋の知っている雲類鷲才貴はこういうやり方をしないんじゃないか。そう思った。
粧が無言で宇緑に目を向けた。
「ふむ。違う、か……」
宇緑が足を組んで考え込んだ。
「何を持って違うのか。詳しく知りたいですね」
終夜に聞かれても、螢緋は首を捻った。
「上手く、言葉にできない。ごめん」
「制約や契約の類でなく、わからないだけ?」
桂伽に問われて、頷いた。
術者に制限を掛けられて口を割った場合、命に関わる。
それを確かめたのだろう。皆が安堵した顔になった。
「螢緋が感じる違和なら、信憑性は高そうだよな」
遊馬が零した。
「……うん。うん、そうだね。大体わかった」
何度か頷くと、宇緑が膝を打った。
「大体って、何がわかったんです?」
混乱した様子の終夜に、宇緑が笑いかけた。
「如何にも雲類鷲の匂いをさせた呪具ドラッグ、対象年齢、捌き方。それらに感じる螢緋の違和感。そこから作戦を導き出すのが、俺の仕事だからね」
宇緑がパソコンで京都の地図を表示した。
「まずは東九条、その後に伏見。二段構えでいこう」
「当初の作戦は継続で?」
「勿論だ。ここまでの調べで核心を深めたよ」
「……わかりました」
終夜の目が一瞬、螢緋に向いた気がした。
「皆、当初の予定通りにいこう……本命は、伏見だ」
宇緑が口端を上げた。
全員が、表情を引き締めて頷いた。
螢緋はその様を、どこか遠巻きに眺めていた。
ともだちにシェアしよう!

