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第10話 潜入捜査

 桂伽の調べで、東九条の古アパートが呪具ドラッグの巣窟になっているとの情報を掴んだ。  粧と螢緋の二人で潜入を試みることになった。 「どうして、そんなにじっと見てくるの。そんなに、変?」  粧が顔を顰めた。螢緋はフルフルと首を振った。  今日の粧は変装している。朗矛の証言や噂に聞く「女のような男」に姿を似せている。 「知っているような気がする」 「え! 朝は何も言ってなかったよね?」 「最初は気付かなかった。ずっと見ていたら、どこかで会ったような気がしてきて……?」  螢緋は首を傾げた。かなり昔に会った気がする。 (雲類鷲にいた頃だろうか。だとしたら、三年以上前だ)  膜がかかった向こう側に、その顔の記憶があるような気がする。 「でも、よく思い出せない」  粧が腕を組んで考え込んだ。 「螢緋が観たことあるかもってことは、やっぱり宇緑さんの読みは正解か」  粧が小さく呟いた。 「ねぇ、螢緋。他にも見たことありそうな人がいたら、教えて」 「ちゃんと覚えていないから、何となく、になる」 「それでいいよ。ちょっとでも引っ掛かったら、全部教えてね」 「わかった」  螢緋は素直に頷いた。  裏路地に入った狭い通りに、古民家や空き家が並ぶ。  その奥に、コンクリートの三階建てアパートがあった。 「ここの一〇一号室。話を聞いた学生くんの証言によると、一階はブチ抜きで全部屋が繋がっているんだよね」 「そう言っていた。薄暗くて顔もよく見えないとか」  広い空間をカーテンで仕切って使用しているらしい。  寝転がっている者もいれば、その場で性交を始める者もいるらしい。自由過ぎる空間だ。 「終夜の呪術は、すごいな」  呪具ドラッグ使用者の学生を典薬寮に招いて、催眠まがいの呪術で聞き出した情報だ。  術を解いたら、学生は話しをした記憶を失くしていた。そのまま、典薬寮の場所も忘れて帰って行った。 「お陰でカードキーも手に入ったしね」  古いアパートには見合わないカードキーだ。  会員登録などは必要なく、ドラッグを買った者は希望すればもらえるらしい。 「阿片窟のような場所を作って、どうするのだろう」 「普通はドラッグで好きにラリってね。で、終わりだけど。呪禁師なら目的が変わるよね」 「……邪魅?」  朗矛が呪具ドラッグを使うと人から邪魅が湧くと教えてくれた。 「そう、邪魅。穢れの塊みたいな邪魅は、強力な呪具を作るのに必要不可欠。だけど、自然界で集めようと思うと大変だからね」  アパートの外廊下を歩く。  一番奥の部屋のドアに、一〇一号室のプレートがかかっていた。  粧が口の前に人差し指を立てた。 「この先、こういう会話はタブーね」 「わかった」  螢緋が頷くのを確認して、粧がドアにカードを差し込んだ。ガチャリと音がして、鍵が開いた。  ドアを開け、中に入る。LED型の蝋燭が数本、ぼんやりと足下を照らす。  窓には暗幕がかかって暗い。室内には真っ黒なカーテンが天井から垂れ幕のように降りて、部屋の中を仕切っていた。 「もう少し奥に行ってみよう」  粧が囁く。螢緋は頷いた。 「あれ? 鈴音(りんね)さん?」  後ろから若い男に声を掛けられて、粧が振り返った。 (鈴音……)  その名前が、螢緋の胸に小さく刺さった。 「今日は伏見じゃなかったですか?」  暗くて見えないが、話し声が若そうだ。  粧が咄嗟に螢緋の手を握って、引っ張った。螢緋の体が粧に倒れ込んだ。 「もしかして、トリップしたジャンキー、持ってきたの? お疲れです」  粧がちらりと螢緋を窺う。螢緋は粧の肩に頭を預けた。 「手前のスペースが開いてるっすよ。適当に転がしといてください。邪魅、吸い上げたら捨てるんで」 「……ありがと」 「どういたしまして。良かったら、この後、俺と遊んでも……」  男の顔が近付いて、粧が素早く避けた。男の目が螢緋に向いた。 「あれ、これ……例のガキじゃねぇの? 螢緋だっけ?」  男の目付が変わった。ドクン、と螢緋の心臓が跳ねた。 (どうしてこの男が、俺の名前を)  神像の鼓動が徐々に速くなる。 「……違うよ」  粧が否定した。  螢緋はさりげなく粧の肩に顔を隠した。 「なんだ、違うんだ。惜しいなぁ。螢緋に呪具ドラック飲ませたら、報酬五倍だもんね。早く見付けてぇ」  男がケラケラ笑う。 (俺に飲ませたら、五倍……? どうして……俺が飲んだら、どうにかなるのか)  胸がざわざわする。自分の心臓の音が耳に付いた。 「いっそ、コイツにガンガン飲ませて申告しちゃおっかな。似てれば何でもいいか」  男が螢緋の肩を掴んだ。  咄嗟に逃げそうになった螢緋の体を粧が引っ張った。  男の手が螢緋から離れた。 「別人に飲ませても意味ないでしょ。さっさと自分の仕事に戻りなよ」  粧が早口で、素気なく答える。 「へぇい。そんじゃ、俺も螢緋探しに行こうかな。鈴音さんがいるなら、俺が外に出てもいいよね」 「いいよ」 「んじゃ、よろ~」  男が玄関から出て行った。少しの間、室内で待っていた粧と螢緋は、そっと玄関を開けた。  アパートの周囲に人がいないのを確認して、二人は走った。 「奴らは螢緋にドラッグを飲ませたいんだ。あの場所に長居しないほうがいい」 「どうして、俺に……」  宇緑の暗殺に失敗しながら、典薬寮に保護されて生きているのが、バレたのだろうか。 (今更、俺を殺しに来たのか?)  その割には、やり方が回りくどい。 「理由はどうあれ、雲類鷲が螢緋を狙っているのは、間違いない」  シュン、と空気を切る音がした。  飛んできた呪符が刃になって、粧の頬を掠めた。  たらりと、一滴の血が流れる。 「明るい所で見ると、あんまり似てねぇわ。アンタのほうが美人かなぁ。なんて言ったら、鈴音さん、怒りそう」  さっきのチャラい男が、平屋の屋根に立っていた。  ふわりと降りて、二人の前に立ちはだかった。 「どうも、典薬寮の間者さん。雲類鷲家の術者、紫葉(しば)でぇす」 「やっぱり雲類鷲か。久我山家の腰巾着の家系ね」  粧が鼻で笑った。  紫葉の目がピクリと痙攣した。 「典薬寮って、御貴族様の集まりだっけ。どんだけ気位高いか知らねぇけどさ、呪禁師の大家、舐めんなよ」  紫葉が手の中に数枚の呪符を展開した。 「久我山は大家だよね。けど、雲類鷲は大家って程でもないでしょ」  粧が自分と螢緋の前に結界を張った。  螢緋は呪具のナイフを取り出し、前に出ようとした。 「待って、螢緋。攻撃しなくていいから。少しずつ後ろに下がって」  粧が、さりげなく手で螢緋を制した。 「なんだ、守り一辺倒かよ。詰まんねぇな。可愛らしい男の子は戦闘できないのかねぇ」  紫葉が、じりじりと迫る。  螢緋は剣を構えたまま粧を後ろに庇った。 「おいおい、お前は守られていたほうがいいんじゃねぇの。それとも、俺が口ン中にドラッグ突っ込んでやろうか。裏切者が、更に裏切り者になれるようになぁ!」 「裏切者が、裏切者になる?」  螢緋が疑問を口にしているうちに、大きな呪力が飛んできた。 「呪縛!」  声が聞こえた瞬間には、紫葉の体に鎖が巻き付いていた。 「……は? 何だよ、これ」  身動きが取れない様子で、紫葉が怒りの声を上げた。 「粧、今の内に螢緋と典薬寮に戻れ!」  遊馬の声に弾かれたように、粧が螢緋の手を掴んで走り出した。 「あとは任せた、遊馬!」  紫葉を鎖で縛りあげた遊馬が、二人に向かって頷いた。 (俺は雲類鷲を裏切った。その俺が、また裏切る? 今度は、典薬寮を裏切るって意味か?)  疑問が疑問を呼んで、理解できない。  螢緋は粧に引っ張られるまま、今は必死に走った。

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