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第11話 雲類鷲才貴の計略

 桂伽がスマホに送ってくれた迂回路を通りながら、遠回りして典薬寮に戻った。  お陰で、変な輩に追われることはなかった。 「大丈夫だったか、粧、螢緋」  迎えてくれたのは遊馬だった。  螢緋たちより早く戻っていたらしい。 「紫葉とかいうチャラい馬鹿ガキは捕まえた?」  粧の問い掛けに、遊馬が首を振った。 「ヤバいのが引き取りに来た」 「ヤバいの?」  遊馬の顔つきが神妙だ。  聞くのが怖い気がした。 「雲類鷲才貴が介入してきた」 「才貴って、雲類鷲家の長男? 久我山家当主の腰巾着の」 「そう、それだ。堂々と持って帰られた」  遊馬が珍しく眉間に皺を寄せている。 「呪具ドラックについては、これもまた堂々と関与を否定されました。どういう神経をしているのだか」  終夜が宇緑と桂伽と共にリビングに入ってきた。 「粧、ご苦労だったね。螢緋、怪我はない?」  宇緑が粧の頬に触れる。切れた頬から傷が消えた。  同じように宇緑の手が、今度は螢緋に触れた。  秋風に吹かれて冷えた頬に、熱が沁みた。 「関与を否定って、紫葉ってチャラ男は呪具ドラッグの話を思いっきりしてたよ。逃れようもないよ」  粧が前のめりに訴えた。 「とはいえ、物証がありません。最悪、紫葉という男を切り捨てれば、雲類鷲才貴は無傷です」  終夜が、かちりと眼鏡を上げる。 「そんなの滅茶苦茶だよ」  粧が憤りを顕わにした。 「そもそもが、滅茶苦茶な連中ですからね。訴えてきた要求も、滅茶苦茶ですよ」 「要求って、何? あいつ等がこっちにできる要求なんて、あるわけないでしょ」  苛立つ粧に、桂伽が録音データを聞かせた。 『そういえば、うちの術者を典薬寮に奪われたままですね。返していただけるなら、うちが持っている呪具ドラッグの情報を差し上げてもいいですよ』  その声を聴いた螢緋の心臓が、ビクリと揺れた。  ドクドクと、鼓動が徐々に速くなる。 (この声を知っている。雲類鷲にいた時に聞いた、才貴の声だ)  飼い主だと名乗った声だ。 (才貴に何かを言われた。俺の、役割は……)  目の前がぐらりと傾く。  倒れそうになった体を、宇緑が支えた。 「螢緋、どうしたの?」  熱が螢緋を包む。宇緑の腕が抱きしめてくれる。  いつもならこの熱で落ち着くのに。胸の奥のざわつきが消えない。 「なに、これ。図々しいにも程がある」  粧が怒りを噛み潰した。 「俺が、戻れば……」  呪具ドラッグの情報が手に入る。もしかしたら、解決するかもしれない。  そう言おうとした口を、宇緑が塞いだ。 「ダメだよ。螢緋はもう、典薬寮の術者だ」  宇緑が当然と言い放つ。隣の桂伽が、螢緋の手を握った。  口を塞がれたまま、螢緋は宇緑と桂伽を見比べた。 「けど、一計を案じる必要はあるね」  宇緑が螢緋の髪を梳く。ちょっとくすぐったい。 「どうします?」 「んー……そうねぇ」  終夜の問い掛けに、宇緑が鼻を鳴らした。 「狡賢い人だから。こっちも加減はいらないと思う」  桂伽が宇緑を見上げる。宇緑が微笑んだ。 「桂伽の言う通りだね。俺たちも思いっきり狡くいこうか」  宇緑が、髪を梳く手を止めた。 「螢緋、ちょっと頑張れる?」  迷いなく、螢緋は頷いた。 「何でもできる。宇緑と皆のためなら」  雲類鷲では知り得なかった温もりと居場所をくれた。  宇緑や皆のためなら、命くらい惜しくない。  はっきり言葉にすると宇緑が怒るので、命をかけるとは言えない。 「命は懸けない。必ず生きる。約束できるなら、螢緋にしてほしい仕事があるよ」  心を見透かしたような言い方をされて、返事が鈍った。 「……宇緑が、そういうなら、そうする」  螢緋にはまだ、命を使わない戦い方が、本当の意味で分からない。  典薬寮では皆が助けてくれるから、そういう場面に遭遇していないだけだ。  必要になったらきっと、螢緋は迷わず命を捨てる。そういう癖が身に付いている。  だから、命を大事にできる自信がない。 「大丈夫、一人にはしないよ。必ず近くに誰かがいる。いざとなったら、誰かを頼るんだよ」  宇緑が教えてくれた、いつものやり方だ。螢緋は無言で頷いた。 「今の時点でわかったことも、多いからね。雲類鷲には勝手に自白してもらう方向で、段取りを組もうか」  宇緑の指示に全員が頷いた。皆はわかっている表情だ。  螢緋だけが、モヤモヤした胸の内を抱えたまま、頷くしかなかった。

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