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第15話 呼び出し
呪具ドラッグの流通調査は難航していた。
ドラッグ窟になっていた古アパートは引き払われて空き家になっていた。
それ以降、売人や利用者が忽然と街から姿を消した。
今日は宇緑の声掛けで夕方から緊急の会議になった。
肝心の宇緑が戻らないまま、会議が始まった。
「まるで、僕らに見付かるのが目的だったみたいに、綺麗に消えちゃったよ」
粧が不機嫌な声を上げた。
「気味が悪いですね」
終夜が難しい顔をした。
「伏見は、どうです?」
終夜が遊馬に目を向けた。
遊馬は伏見を、粧は東九条の調査を担当していた。
「伏見もすっかり見なくなった。術者らしいのは時々、見掛けるが。ドラッグを売っている風でも、ないんだよなぁ」
まるで肩透かしと言わんばかりに、遊馬が首を傾げた。
「粧の見立ては正解っぽいよ」
席を外していた宇緑が、リビングに入ってきた。
「どういうこと?」
顔を顰める粧に、宇緑が真っ白な封筒を見せた。
「招待状、もらっちゃった」
全員の気が、張り詰めた。
終夜の隣に腰掛けた宇緑が封筒を開く。取り出した便箋を開いて、読み上げた。
「拝啓、花山院宇緑様。折り入ってお話がございます。三日後の午前二時、稲荷山にてお待ちいたします。敬具、雲類鷲才貴……だってさ」
「折り入ってお話、ですか」
終夜の纏う気がビリビリして痛い。顔にも怒りが昇っている。
「稲荷山って、広いね」
桂伽の顔も不機嫌そうだ。
「伏見稲荷のことだろ。行けば呪力で、どこにいるか、わかるだろうけどな」
遊馬の表情は変わらないが、気配が逆立っているのがわかる。
(皆、黒の呪禁師が嫌いだ。特に久我山に関わる術師を嫌っている)
勿論、螢緋も嫌いだ。だが、この話し合いに、螢緋は興味があった。
(自分が何者か、知れるかも)
自分の中に何が混じっているのか、人なのか妖怪なのか。
螢緋は自分を知らない。雲類鷲に会ったら、知れるかもしれない。
宇緑が、ちらりと螢緋を眺めた。
「俺と螢緋で、行ってこようか」
「うん、行く」
宇緑の誘いに、螢緋は間髪入れずに頷いた。
「待ってください。宇緑さんはいいとしても、螢緋は行かせられません」
終夜が慌てた様子で割って入った。
「そうだよ。宇緑さんはいいけどさ。螢緋は危険だって」
粧が同じように顔を引きつらせる。
「俺はいいんだ」
宇緑が静かに、しょんぼりした。
「それは、あれだろ。宇緑さんは最強だし、呼び出されているのは宇緑さんだから」
遊馬が何とかフォローしている。
「どうして、螢緋を連れてくの?」
桂伽が螢緋の腕を抱き寄せた。
床に直座りしている桂伽に引き摺られて、螢緋の体が傾いた。
「連れてきてほしいだろうから。桂伽、呪具ドラッグの解析、終わった?」
「それなら……」
宇緑に問われた桂伽が、螢緋に目を向けた。
よくわからなくて、螢緋は首を傾げた。
「あの箱」
螢緋に言われて、渡された黒い箱を思い出した。
「これか?」
螢緋は宇緑に小箱を手渡した。
「ありがと、螢緋。桂伽、ご苦労様。ラッピング、可愛いね」
宇緑が赤いリボンを解いて、箱を開けた。
中には大きなハート型のチョコレートが一粒、入っていた。
「チョコも可愛い。どれどれ……」
ラッピングと猪口を褒められて、桂伽が嬉しそうだ。
ハートのチョコを、宇緑が自分の口に放り込んだ。
「ん、美味しいね、このチョコ」
宇緑が感動したように目を見開いた。
「僕のお気に入りの、嘉成屋 のチョコだから」
桂伽が得意げな顔をした。
「さすが、桂伽……ふん、ふん……ふぅん、なるほど」
チョコを食べ終わった宇緑が、納得したように頷いた。
「よく、わかったよ。やっぱり螢緋は俺と一緒に行こう」
宇緑が螢緋に手を伸ばした。
桂伽に引っ張られて傾いていた体が、ソファに戻った。
「わかったのに、連れて行くの?」
桂伽が螢緋の腕を引っ張った。
また螢緋の体がソファから落ちそうになった。
「随分、反対するね。桂伽にしては、珍しい」
「だって、危険……」
桂伽が、不自然に言葉を飲んだ。膝立ちになると、桂伽の胸に抱き付いた。
「桂伽? 急にどうしたんだ?」
「螢緋は、このままでいい……よ」
胸の中の桂伽が、脱力した。すぐに、寝息が聞こえ始めた。
「もしかして、電池切れか?」
遊馬が桂伽を覗き込んだ。
「そうみたいだ。今回はハイになっている時間が長かった」
螢緋と散々ゲームした挙句、風呂に入って夕食をとっても起きていた。
「呪具ドラッグの解析、一週間以上かかっていましたからね。無理もありません」
終夜が心配そうに桂伽を見詰める。
「三日は起きないね、きっと」
粧が気の毒そうに桂伽を眺めた。
「俺が部屋に寝かせてくるよ。皆は話し合いを進めてくれ」
遊馬が桂伽を抱き上げて、リビングを出て行った。
「それで。そのチョコを食べた上で螢緋を連れて行く判断は、変わらないんですね?」
終夜が神妙な面持ちで宇緑に問い掛けた。
「変わらないよ。食べたから、余計に決意が固まった」
宇緑がいつもの調子で頷いた。
その顔を眺めていた終夜が、小さく息を吐いた。
「わかりました。だったら反対しません。その代わり、全員で守りますよ」
「勿論、そうしてくれないと。一番に守るのは螢緋だ」
宇緑が螢緋の頭を撫でた。
(どうして、そうまでして俺を守ってくれるのだろう)
典薬寮の皆は、当然のように螢緋を守る選択をする。
この温かい場所に慣れてきたつもりだが、時々不思議に思う。
(雲類鷲の所にいた時は、自分の命は捨てるものだった。どうして、こうも違うのだろう)
同じ呪禁師の集団でも、何もかもが違う。
痛かった場所の痛かった思い出と感覚が、時々蘇る。
あの場所が痛かったのだと気付いたのも、典薬寮に来てからだ。
「俺も、宇緑と皆の役に立ちたい」
螢緋は宇緑を見上げた。
「いてくれるだけで、大丈夫。螢緋は俺の傍から離れないようにね」
「わかった」
素直に頷いて、螢緋は宇緑の手を握った。
宇緑の熱が、指を伝って螢緋の胸を温めた。
(この熱が、最近は懐かしい)
遠い昔に、どこかで感じた。そんな気がする。
(きっと気のせいだ。宇緑に会ったのは、三年前が初めてなのだから)
殺すために出会った、あの夜が始まりのはずだ。
きっとこの三年で宇緑の熱を覚えたから。だから、懐かしい。そう、思うことにした。
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