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第17話 後悔するかも
千本鳥居を抜けて、本殿の前に出た。
後ろの気配が消えたのを感じ取って、螢緋は足を止めた。
急に止まった螢緋を宇緑が振り返った。
「本当に後悔、するかもしれない」
螢緋は呟いた。自分の腕を強く握った。
「俺の中には、何かがいる。なのに、それが何か、わからない」
雲類鷲は、きっと知っている。このまま戻ったら、わかるのかもしれない。
「戻りたくなった?」
宇緑の問い掛けに、螢緋は必死に首を振った。
「だけど、俺が知らないせいで、宇緑を傷付けたら……戻れば知れるなら、戻ったほうが」
「ダメだよ」
螢緋に向かって、宇緑の手が伸びる。螢緋は後ろに下がって宇緑の手を避けた。
「このままで、いいはずがない。俺はいつか、宇緑を傷付けるかもしれない」
「だから?」
「……だから、戻って」
「何で?」
「何で、って……」
返す言葉が見付からなくて、螢緋は顔を上げた。
「螢緋が心配していること全部、三年前に典薬寮に連れてきた時から織り込み済みだよ」
離れた距離を、宇緑が一歩ずつ詰める。
「これ以上、螢緋が心配する必要は、ないんだ」
宇緑が螢緋の目の前に立った。
「どうして……」
「ん?」
宇緑が螢緋の顔を覗き込んだ。
「どうして、そうまでしてくれる? 俺は三年前に、宇緑を殺そうとした。なのに、どうして受け入れてくれる?」
宇緑が目を見開いた。意外そうな顔だ。
「いまだに、そんな風に思っているの。かなりショックなんだけど」
「え?」
どうしたらいいかわからなくて、オロオロと宇緑を見上げる。
「なんてね。螢緋みたいに思うのは、普通か。他の子たちも、そうだった」
「他の子? 俺のような者が、他にもいるのか?」
「粧と桂伽。螢緋と同じで、二人とも出会いは暗殺未遂だったよ」
「嘘だ」
思わず、口を突いて出た。二人とも宇緑が大好きだ。そんな素振り、微塵もなかった。
「嘘だって思うくらい、典薬寮に馴染んでいるだろ」
驚きすぎて、言葉にならなかった。
「粧も桂伽も、螢緋もね。自分の意志で俺を殺しに来たんじゃない。むしろ俺には、助けてって聞こえたんだよ」
「たす、けて……?」
確かに、そうかもしれない。あの時はわからなかった。
けれど、今にして思えば、心は悲鳴を上げていたのかもしれない。
「螢緋からは、今でも聞こえる。だから俺は、俺たち典薬寮は、螢緋を助けるんだ。三年前も、今も、螢緋が助けてと叫ぶ必要がなくなるまで。必ず螢緋を救うよ」
宇緑の手が伸びた。螢緋の頭を宇緑の手が優しく撫でた。
涙が一筋、頬に零れた。
(俺はこの手を、信じていいんだ)
心が素直に温もりを受け入れる。
それに戸惑わない程度には、この三年、螢緋は宇緑を信じて生きてきた。
「たす、けて」
声が、自然と零れた。
「助けて、宇緑」
螢緋は自分から、宇緑の胸にしがみ付いた。
「俺の中に何がいるのか、教えて。俺を、皆と……宇緑と、一緒にいられる者にして」
抱き付いた螢緋を、宇緑の手が受け止めた。
「螢緋が安心して典薬寮にいられるように、ちゃんと探そう」
どれだけ流しても溢れてくる涙が、宇緑の服に沁み込む。優しい手が背中を撫でてくれる。
「だからさ。全部、綺麗にできたら、螢緋の気持ちと向き合ってよ」
「俺の、気持ち?」
顔を上げたら、宇緑の顔が近付いた。目尻に溜まった涙を、宇緑の唇が吸い上げた。
「螢緋が俺をどう思っているのか考えられるように、俺が全部、片を付けてあげるから」
「俺が、宇緑を……?」
よくわからなくて、首を傾げる。ざっと、目の前を何かが横切った。
宇緑の顔が、幼い男の子と重なって見えた。
(今のは、何? 記憶……?)
懐かしいようで、切なくもある、そんな記憶だ。螢緋には覚えがない。
「やっぱり、わかってないか」
宇緑が困ったように笑った。その顔が淋しそうに見えた。
よくわからないのに、螢緋の胸は切なく締まった。
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