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第22話 お稲荷さんの狐神

 典薬寮の事務所は花山院の広大な自宅敷地の一部にある。  すぐ近くには花山稲荷大明神という稲荷社があった。  花山稲荷大明神には、緋色の狐火を使う神使の狐神がいた。 「綺麗な狐火だなぁ」  狐火は普通、青や緑なのに。緋色の狐火から目が離せなかった。  最初の出会いは九歳の時。偶然に見掛けた美しい姿に見惚れた。すぐには声を掛けられなかった。  それから何度も稲荷社に通ったが、姿を見ることはできなかった。  次の出会いは十三歳の時だった。  秋祭りの帰り道、子供らが迷わぬようにと緋色の狐火を灯す白い狐を見付けた。 「貴方は、神様?」  声を掛けたら、彼は大層驚いた。 「俺は、神様の使いだ。だが最近は、神使の私を狐神と呼んで社に参る者も多いな」  顔を隠すから、覗きたくなった。逃げる狐神の正面に回って、顔を覗き込んだ。 「こら、やめろ」  嫌がる彼は、本物の神様よりずっと美しかった。  その顔に、やっぱり見惚れた。 「ねぇ、また会いたい」 「俺は、人に姿を見せていい者ではない」 「でも、会いたいな」  子供らしいゴリ押しだ。  彼は困ったように笑った。 「七日に一度、夕暮れ時から陽か沈むまで。それで良ければ会いにおいで」 「うん、必ず行く!」  それからは、彼に会うのが習慣になった。 「本当に綺麗だね。緋色の狐火も綺麗だけど、螢緋自身も綺麗だ。緋色の目が、とても美しい」  高校生の頃には、息を吸うように螢緋を口説いていた。 「口を開けば綺麗というな、宇緑は。狐火なら、いくらでも見せてやるぞ」  螢緋がフワフワと狐火を舞わせる。 「狐火より、螢緋自身が良い。俺のお嫁さんになってよ」 「俺は雄だ。嫁にはなれん」  このやり取りも、もう何度目か忘れるほど繰り返した。 「男でもいいんだ。螢緋をお嫁さんにしたい」  螢緋が困った顔をした。こういう顔を見るのも、最近は楽しい。 「神使を嫁にしようなど、宇緑は変り者だ」 「よく言われる。俺は大真面目だよ」  螢緋がもっと困った顔をした。 (どうしよう。もっと螢緋を困らせてみたい)  そんな悪戯心が疼く。 「どうしたら、娶れる?」  迫ったら、顔を背けられた。 「……俺より強くなったら、考えてやってもいいよ」  苦し紛れの台詞だったんだろう。それでも良かった。  螢緋が初めて、前向きな返事をくれた。それだけで宇緑の胸が躍った。 「俺、人間の中じゃ強いよ。神様の加護もある」 「そういえば、道主貴(みちぬしのむち)様の加護を頂いていたのだったな」  螢緋がしまったといった顔をした。  少し抜けている所も、可愛い。 「待て、条件を変えよう」 「じゃぁさ。誰より早く典薬寮の寮頭になったら、お嫁さんに来てくれる?」  花山院の家系は代々、呪禁師を束ねる典薬寮の寮頭を務める。四十を過ぎた頃に代を引き継ぐのが定石だ。  螢緋がちらりと宇緑を覗った。 「……そうまでいうなら、仕方ない」 「約束してくれる?」 「本当になれたら、な」  渋々ながら、前向きな返事をもらった。  だから、大学在学中の二十歳で寮頭の地位をもぎ取った。  ちょうど、その頃だった。花山稲荷大明神から、狐神の姿が消えた。気配すらも感じなくて探すこともできなかった。  宇緑が螢緋を探し始めたのは、それからだ。 〇●〇●〇  夜空に星が瞬く。典薬寮近くの公園で、宇緑は空を見上げていた。  螢緋が花山稲荷大明神から消えて、二年後。総てを忘れた螢緋が宇緑を殺しに来た。  最初は同じ名前の別人だと思った。一緒に暮らし始めて、すぐに気が付いた。間違いなく宇緑の知る狐神の螢緋だった。  何かが螢緋の神力と記憶を封じ込めている。それが何かわかるまで、迂闊には動けない。 「やっと見つけた」  封じていたのは、呪詛だった。呪詛をかけた人間が発動しなければ、呪詛は取り除けない。  だから、雲類鷲才貴との話し合いに連れて行った。しかし、その場では呪詛は動かなかった。 (つまり、呪詛をかけた術者は別にいる)  それが螢緋を連れ去った呪毒師なのだろう。  だとすれば、宇緑を殺すため、螢緋は必ず典薬寮に戻される。  待っていれば、螢緋は戻ってくる。 「呪詛なんか、俺が祓ってあげるから。早く帰っておいで、螢緋」  宇緑は空の星を見上げた。 「ずっと、ずっと探していたんだ。手放すわけがないだろ」  これでやっと、螢緋を解放できる。解放の安堵と雲類鷲への怒りが同時に湧き上がる。 「必ず助ける」  夜空に向かい、手を伸ばす。  届くはずもない星に向かって伸ばした手を、宇緑は握り潰した。

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