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第24話 死ねない毒
典薬寮に戻ってすぐに、治癒術師の終夜が宇緑の治療をしてくれた。
呪いを帯びた洗脳を受けていた螢緋の攻撃は、普通の病院では治療できなかったらしい。
対処が早かったので、大事には至らなかった。
螢緋は一先ず、胸を撫で下ろした。
「宇緑さんと遊馬がダウンしていますから。螢緋はしばらく典薬寮から出てはいけません」
終夜にきつく言い含められた。
遊馬は自力で解毒剤を飲んで終夜を呼んだらしい。
鈴音の解毒剤は本物だったようだ。
取引の感覚だけでも真面で助かったと思った。
「俺が二人を傷付けた」
その事実で、胸が苦しい。
宇緑を直接刺した手の感覚が残っている。それが、怖かった。
「こんなに簡単に、俺は宇緑の敵になる」
ただ、宇緑を幸せにしたいと思っただけだった。その気持ちで殺すところだった。
(俺は典薬寮にいても、いいんだろうか)
これ以上、皆を傷付けたくない。
かといって、外に出て鈴音や雲類鷲に掴まったら、また良いように使われる。それだけは絶対に嫌だ。
「そうだ」
螢緋はポケットを探った。鈴音に持たされた呪具ドラッグを手にした。
(俺の中には呪詛がある。宇緑は知っていた。どんな呪詛かも、知っているのかな)
宇緑を殺す呪詛だと、鈴音は言った。
「呪詛の発動は、呪詛をかけた本人の意思による」
鈴音が発動させれば、呪詛は動く。
「さっきと同じように、俺が宇緑を殺すんだ」
そんなのは、もう二度と嫌だ。
「これを飲めば、死ねる」
自分が死ぬか。宇緑を殺すか。どちらかしかないなら、自分を殺す。
螢緋は震える手で蓋を開けた。
(飲め、飲め……)
恐怖心を抑えながら、口に持っていく。
「ダメだよ」
螢緋の手を抑える手があった。
桂伽がドラッグを握り締めて螢緋を見詰めていた。
「桂伽……」
「終夜に頼まれて様子を見に来たんだよ。今の螢緋は一人にするとろくなこと、しないね」
桂伽にドラッグをもぎ取られた。
「返せ。それを飲まないと、俺はまた、宇緑を……」
殺してしまう。そこまで言葉が続かなかった。涙で視界が歪んだ。
桂伽が、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「これ、呪具ドラッグ? なんで螢緋が持っているの?」
「……鈴音に、渡された。それを飲めば、死ねるって」
桂伽が盛大に息を吐いた。おおよそ桂伽らしくない。
螢緋はビクリと肩を跳ねさせた。
「どうして嘘吐きの言うこと、信じるの? これを飲んでも螢緋は死ねないよ」
「……え? そうなのか?」
桂伽が深々と頷いた。
「そもそも、死のうとしたのが、アウト。許さない」
桂伽の指が螢緋の鼻をピンと跳ねた。
「いたっ」
「これを飲んで起こること。螢緋に埋め込まれた呪詛が発動して、宇緑さんを殺す」
ぞっとして血の気が引いた。
「そんな……ことになるのか。どうして、桂伽が呪いを知って……みんな、知っていたのか?」
桂伽がバツの悪そうな顔をした。
「わかったのは、最近。呪具ドラッグの件が、動き出してから。それまでは、螢緋の中に何かあるってことしか、わかってなかった」
「皆、気付いたのに。どうして教えてくれなかったんだ」
「螢緋が今みたいな、馬鹿な真似しそうだから」
そういわれると、何も言えない。ショックは隠せないが、螢緋は口を噤んだ。
桂伽が、ちらりと螢緋を窺った。
「ついでに教えておくけど。その呪詛のせいで、螢緋は神力と記憶を封じられている。三年前、宇緑さんを殺しに来るより前の記憶、ないでしょ」
「……ない」
鈴音に体をいじられて、雲類鷲が飼い主だと教えられた。それ以前の記憶がない。
「記憶を封じているのは宇緑だと、鈴音が言った。あれも、嘘?」
螢緋は恐る恐る問い掛けた。
桂伽が考える顔をした。
「半分嘘で、半分本当。螢緋が祟り神にならないように、記憶を封じた状態を維持した」
「祟り神……?」
そんな言葉を鈴音からも聞いた気がする。
(古アパートで鈴音と話した記憶が、曖昧だ。洗脳されていたからかな)
解けた今も、やけに頭が重くて体が怠い。
「自分がお稲荷さんの神使で狐神だって、知ってる?」
桂伽の問い掛けに、一応頷いた。
鈴音に聞いて知った。実感はまだない。
「神力が封じられているせいか、螢緋は邪魅に弱い。邪魅に塗れると神は、祟り神になる。記憶が戻ったら、そうなる可能性が高かった」
「だから、俺の記憶を封じていたんだ。祟り神になったら、俺は……」
「呪詛以上に、手が付けられないよ。人間じゃ、どうしようもない」
桂伽の言葉に、何も返せなかった。桂伽が呪具ドラッグを見せた。
「前にも言ったけど、呪具ドラッグは邪魅を引き寄せ、引き起こし、増幅する。螢緋がこれを飲んだら、祟り神になって呪詛も発動するっていう、最悪のコンボが起こる」
螢緋は蒼褪めた。
呪具ドラッグの効果も怖いが、鈴音の誘導に肝が冷えた。
「そこまでして、宇緑を殺したいのか。一体、どうして」
桂伽が考える顔をした。
「楽々浦鈴音は楽しんで遊んでいるだけだろうけど。雲類鷲才貴は恨んでいるんじゃないの? 宇緑さんに典薬寮の寮頭、取られちゃったから」
「そうなのか?」
「典薬寮の寮頭って、花山院家が代々継いでいるんだけど。適齢がいない時期は他の家の呪禁師が就くんだって。宇緑さんも、本来ならもっと歳をとってから寮頭になるはずだったのが、若くして着任したから。雲類鷲は横取りのチャンスを失くした感じ」
「そうだったのか。桂伽は、詳しいんだな」
典薬寮の仲間だから、寮頭について詳しいのは、わかる。
それ以上に、鈴音や雲類鷲について詳しいと感じた。
「それは、まぁ。俺の元の飼い主、雲類鷲才貴。螢緋と一緒」
「えっ……あ!」
前に宇緑が、桂伽と粧は元暗殺者だと教えてくれた。
「雲類鷲の歪んだ性格も、鈴音がヤバい天才なのも、知ってる」
「そうなんだ。だから、嘘吐きなのも知っているんだ」
作られてすぐに宇緑暗殺に使われた螢緋より、桂伽のほうが久我山の事情に詳しいように感じる。
「螢緋はもう、鈴音に接触しちゃダメ。言葉を信じちゃダメ」
「わかった」
桂伽の忠告には、頷く以外になかった。
「一人になるのも禁止。馬鹿なこと、考えるから」
桂伽が螢緋の額にデコピンした。
「いたい」
鼻に続いて、二回目だ。螢緋は額を摩った。
「どうしても一人になりたいなら、宇緑さんの看病」
「看病しても、いいのか?」
ピンと背筋が伸びた。
「いいよ。部屋まで一緒に行く」
桂伽が螢緋の手を握った。
「宇緑の部屋なら、一人で行ける」
「一人にしないって言った」
廊下の移動まで一緒とは聞いてない。という言葉は、今は飲み込んだ。
桂伽に連れられて、螢緋は宇緑の部屋に向かった。
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