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第28話 穢れを焼く狐火
宇緑の部屋を出てキッチンに行ったら、終夜に会った。氷枕を作っていた。
「誰か、発熱してるのか?」
「あぁ……おはようございます、螢緋。遊馬の具合があまり良くないんです」
「解毒できていないのか?」
宇緑がすぐに元気になっていたから、遊馬も回復しているのだとばかり思っていた。
「呪毒は質が悪いのですよ。螢緋は大丈夫ですか?」
「俺は、何とも……いや、ちょっと怠かったくらい」
昨日の夜、宇緑の手を握ったままいつのまにか寝ていた。あれから一度も目覚めず朝まで寝たのに、体が怠い。
(洗脳もされているし、侵襲はあった。負担にはなったんだろうけど)
自分より遊馬の状態が心配だ。
「様子を見に行っても、いいか?」
「勿論、一緒に行きましょう。螢緋の治療もしたいですから」
終夜の顔が疲れている。宇緑の治療をして、その後は遊馬に付きっきりだったのだろう。
「俺は平気だ。終夜を手伝うよ」
遊馬だけでも大変なのに、これ以上、終夜の負担を増やせない。
終夜が持っている氷枕を受け取って、螢緋は遊馬の部屋に向かった。
部屋の扉を開けて、目に飛び込んできた遊馬の姿に、螢緋は息を飲んだ。
皮膚に紫の斑点ができている。変色した霊気が漏れ流れていた。
「これは、何の呪毒なんだ」
「霊力の元である霊元を削る。命を削る呪毒です。私では、抑えるだけで精いっぱいで、解毒まで手が回りません」
「そんな……解毒剤は嘘だったのか?」
「嘘ではなかったですよ。あの解毒剤を飲んでいなければ、あの場で死んでいたでしょうから。ただ、綺麗に解毒はしてくれなかったので、本当でもなかったですね」
終夜が、ぎりっと歯軋りした。
(どれだけ命を弄ぶんだ、鈴音)
命を削る毒も、禁忌術である反魂術も、鈴音にとっては遊びの延長なのだろう。
「許せない」
螢緋は拳を握り締めた。
「桂伽の話では、楽々浦鈴音は倫理観皆無の呪毒師らしいですから。常識の通用しない相手に腹を立てるより、治療が優先です」
螢緋の手から氷枕を受け取って、終夜が取り替えた。
終夜の背中に霊気が立ち昇って見える。本当は怒っているのだとわかった。
「うっ……」
遊馬の額に粒の汗が滲んでいる。
かなりの高熱を出しているのは、見ただけでわかった。
(あの毒が、こんなに遊馬を苦しめるなんて。俺は何ともなかったのに)
螢緋は言葉を失くした。
「特殊係の治癒術師を派遣してもらうよう、宇緑さんが掛け合ってくれています。それまで、何とか持ちこたえなければ」
終夜が掌を遊馬の額に翳した。霊力の光が灯って、遊馬に降り注ぐ。
苦悶の表情をしていた遊馬の顔が、少しだけ緩んだ。
「俺にできること、何かない?」
少しでも終夜の役に立ちたい。遊馬を助けたい。
「そうですね。手を握ってあげてください。螢緋の気に触れれば、元気が出るかも知れません」
終夜の言葉に、螢緋は眉を下げた。
(俺に治療はできないから。気持ち程度の話だ)
現状、螢緋にできることはない。その事実に落ち込む。
螢緋は遊馬の手を両手で包んだ。
遊馬の手は大きくて厚い。いつも螢緋を支えてくれる手だ。
「遊馬、ごめん。守ってくれて、ありがとう。お願いだから、元気になって」
握った遊馬の手を額に当てる。
「螢緋……」
終夜が眉を下げて螢緋を見詰める。すぐに遊馬に向き直った。
「螢緋が心配していますよ。早く目を開けなさい、遊馬」
終夜の声が、泣きそうに聞こえた。
(俺の狐火で遊馬の中の毒を焼けたらいいのに)
鈴音の毒を焼いたように、総て綺麗に焼き払えたらいい。
螢緋の手から、ジリっと緋色の炎が上がった。
「……え?」
握った手を伝って、狐火が遊馬に流れる。
あっという間に全身を包み込んだ。
「これは、一体……」
終夜が唖然としている。
包んだ狐火が、遊馬を蝕む毒を焼いていく。
緋色の炎が燃え上がると、遊馬の皮膚から斑に変色した紫が消えていった。
「呪毒が、焼かれて消える」
狐火が燃え尽きた頃には、遊馬の肌色はすっかり綺麗に戻っていた。
終夜が、遊馬の額に触れた。
「熱が、下がっている」
遊馬の寝息が穏やかに落ち着いた。
「狐火が本来の力を取り戻した」
螢緋は無意識に口走った。終夜が螢緋を振り返った。
「螢緋、今、何て」
慌てた終夜が、螢緋の肩を掴んだ。
「え? 俺、何か言った?」
「……無意識ですか」
終夜が口を引き結んで、考え込んだ。
「終夜……?」
「いいですか、螢緋。一人になってはいけません。必ず典薬寮の誰かと一緒にいてください」
終夜に強く手を握られた。強すぎて、少し痛い。
(どうしたんだろう、終夜。俺の狐火が穢れを焼くのは、普通なのに)
自然とそう考える自分に、驚いた。
(そう……だったか? 俺の狐火に、そんなに強い力なんて……いや、でも)
螢緋の狐火は鈴音の毒を焼いた。強い力は、確かにある。
(俺の力は……)
螢緋の中で、何かが浮かび上がりそうになる。
なのに、またすぐに沈んでいく。大切な何かが、喉元で痞えている。
「約束できますね、螢緋」
終夜が強く念押しした。
「うん……わかった」
離してくれない終夜の手を見詰めながら、すっきりしない気持ちで螢緋は頷いた。
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