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第29話 自発的な誘拐
典薬寮の皆は、本当に一人にしてくれなくなった。
夜は相変わらず宇緑と一緒に寝ている。起きると粧とご飯を作る。日中は終夜や桂伽、遊馬が必ず側にいる。
遊馬はすっかり元気になって、毒に侵される前より調子がいいくらいだった。
今日は、粧とリビングにいる。
粧はさっき、外から戻ったばかりで、一緒に遅めの昼食をとっていた。ボロネーゼを二人並んで食べている。
「螢緋、料理上手になったよね。美味しい」
「良かった。粧に教えてもらった料理、覚えてる」
「偉い~」
粧が螢緋の頭を撫でた。
「今日は、どこに行っていたんだ?」
「今日はね~伏見から久我方面」
呪具ドラッグはかなり下火になった。
売人も利用者も、今はほとんど見付けられない。
「雲類鷲は、手を引いたのかな」
不安な気持ちで、螢緋は呟いた。
まだ螢緋に呪具ドラッグを飲ませる機会を狙っているのだろうか。
「どうかな。わからないけど、油断はできないよね。また何か仕掛けてくる可能性も……」
粧の体が不自然に傾いた。螢緋に向かって倒れ込んだ。
「粧……? どうしたんだ?」
倒れ込んだ粧の目が虚ろに半開きになっている。嫌な予感がした。
「粧、しっかり……誰か!」
叫びそうになった螢緋の口を、粧が手で塞いだ。
「叫んでもいいけどさぁ。幻中粧の命は僕が握っているって、わかってる?」
聞こえた声は楽々浦鈴音だった。いつの間にか、粧の首に首輪が付いている。
背中に冷たいものが流れて、螢緋は開きかけた口を閉じた。
「うん、いい子。理解が早い子は、好きだよ」
粧が螢緋の頭を撫でた。いつもの粧と同じ仕草だ。
「人は呼んじゃ、ダメ。この子を助けてあげたいなら、僕と一緒においで」
「どうして、お前が。粧はどこだ」
粧の目が鈴音のように笑みで歪んだ。
「えぇ? 粧は、ここにいるよぉ。意識だけ眠ってもらって、体を僕が借りただけだよぉ」
「どうやって、そんな真似……」
「外回りって矢面に立って、可哀想だよねぇ。僕らのフィールドに勝手に入ってくるから、粧も遊馬も毒を盛り放題でさぁ。僕にとっては最高の玩具だよ」
粧の表情が、鈴音に見える。吐き気がした。
「螢緋も知っているよね。僕の毒は優秀で完璧なんだ。お前の狐火で焼かれなければ、遊馬だって僕の駒にできたのに」
粧の顔をした鈴音が、思い切り舌打ちした。
けれど、すぐにニコリと笑んだ。
「ねぇ、粧を助けたいなら、静かにできるよね。僕と一緒に来てよ」
粧が螢緋の手を握った。螢緋は口を引き結んだまま、頷いた。
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