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第30話 雲類鷲の別宅

 典薬寮を出てすぐに、車に押し込められた。 「さすが鈴音さん。あっという間ですね~」  運転席の男には見覚えがある。  紫葉とかいうチャラい男だ。 「時間かけても面白くないしねぇ。さっさと才貴の別宅に向かって」 「了解です」  車が走り出した。  町中の喧騒を過ぎ去り、三十分ほど走る。  立派な邸宅が連なる閑静な住宅街に入った。さらに山手に向かい進む。他の家とは離れた奥地に、大きな屋敷が見えた。  高い塀で囲まれた住宅の後ろには山がそびえる。門に取り付けられている小型のカメラが何度か光った。  大きな門が、ゆっくりと開く。車が敷地内へ進んだ。 「雲類鷲家の別宅へ、ようこそ~」  鈴音が粧の顔でクスリと笑んだ。 「岩倉じゃ、宇緑もすぐには追って来られねぇよな。残念だったね、御姫様」  紫葉がニヤリと笑んで、螢緋の顎を指で跳ねた。 「さぁ、行こうか」  鈴音が車を降りると、後部座席のドアを開ける。螢緋に向かい、手を伸ばした。  その姿は粧そのもので、思わず抵抗なく手を伸ばした。 (中身は鈴音なんだ。でも、体は粧だ)  粧をぞんざいに扱われるくらいなら、手を握っていたほうがいい。螢緋は自分から鈴音の手を握った。  大きな屋敷の中に入る。一階の個室に、鈴音が入った。  大きなベッドの上で、鈴音が寝ていた。鈴音が粧の体で、口に何かを含んだ。瞬間、粧の体が膝から崩れ落ちた。 「粧!」  目を瞑った粧が、螢緋に凭れ掛かった。 「粧、粧!」  声を掛けてもぐったりしたまま動かない。 「無駄だよぉ。その子はもう僕のお人形さんだから。僕の命令がないと、動かないよ」 「人形……?」 「今日の朝に捕まえてぇ、四時間、どっぷり呪具ドラッグ漬けにしたんだぁ。致死量ギリまでねぇ。もう元には戻らないよ」  ざわり、と胸が軋んだ。 「戻らないって、どういう、ことだ……?」 「んー? 螢緋を作った時と似てるかな。僕の完璧な毒で、自我を殺してあげたの。粧には僕を飼い主って覚えさせたから、もう僕のペットだよ」 「穢れを盛って、自我を抑圧したんだな」  ドクリ、ドクリと心臓が大きく脈打つ。 「そうだけど。戻らないんだから、死んだのと同じでしょ」 「違う」  鈴音の呪毒は邪魅の塊だ。  穢れの塊である邪魅を人に盛れば毒になる。そうやって殺した自我なら取り返せる。 (俺の狐火で焼ける。遊馬の時のように、まだ助けられる)  螢緋は手の中に狐火を浮き上がらせた。  粧の腕が、ピクリと動いた。その手が、螢緋の首を絞めた。 「粧、やめ……ぐっ」 「螢緋、苦しいことたくさんして、幸せになろう。鈴音様も、そうしろって」  粧の目がいつものように笑んだ。  その手が、ギリギリと螢緋の首を絞める。 「螢緋が狐火を使うなら、僕は自分から心臓にナイフを刺すよ。それが幸せだから」 「粧、何を、言って……」 「鈴音様が、そうしろって言うから。鈴音様の言う通りにするのが一番気持ち良くて、正しいんだよ」    粧が幸せそうに螢緋の首を絞める。 「も、やめ……ぁっ」 「苦しそうな螢緋、幸せそう」  粧が螢緋の首を締めながら、うっとりと目を細めた。  螢緋の手から狐火が消えた。 「いい子だね、粧。そろそろ、おしまい」 「はい、鈴音様」  粧が手を緩めた。 「ぁっ……かはっ、げほっ、はぁ……はぁ」  螢緋はその場に崩れ落ちた。 「僕に作り替えられて、可哀想な粧。助けてあげたいなら、言う通りにできるよね?」  粧の頭を撫でながら、鈴音が螢緋に問う。  螢緋は鈴音を睨んだ。 「俺に、何をさせたいんだ。また宇緑を殺させたいのか」 「そうなんだけど。その前にやることがあるんだよねぇ」  カチャリ、と部屋の扉が開いた。  紫葉と一緒に雲類鷲才貴が部屋に入ってきた。

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