31 / 33

第31話 覚醒

「守備はどうだ? 鈴音」  雲類鷲が螢緋を見下ろした。  鈴音が螢緋の背中に手をあてた。 「呪詛が発動しないように、抑え込まれていたみたいだね。動かすしかないかな」 「やはり、そうか。爆発しない時限爆弾では使えんな」 「仕方ないよぉ。花山院宇緑は天才だもん。埋め込まれたモノの正体が呪詛だと知らなくても抑え込めちゃう天才~」  鈴音が含み笑いした。雲類鷲が顔を顰めた。 「その天才でも、この呪詛を祓えなかったわけだ」  雲類鷲が鼻で笑った。 「呪詛の正体が神様なんて、重すぎるもんねぇ。きゃはは!」  鈴音が可笑しそうに笑う。 「神様を狩ってきて呪具に使おうなんて、普通は考えねぇからな」  何の感慨もなく、紫葉がツッコんだ。 「封じた記憶が戻れば呪詛が発動して祟り神となり、愛した相手を殺す。こんな仕掛けは宇緑にも思い付かないだろう」  雲類鷲が得意げに言い放った。 「そんな趣味の悪ぃ仕掛け、思い付いても誰もやらねぇよ、才貴さん」  紫葉がケラケラ笑った。 「記憶、が……戻る?」  螢緋は呟いた。  雲類鷲が螢緋の顎を掴み上げた。 「三年前、宇緑の暗殺に失敗したお前の本当の任務だ。典薬寮に入り込み、呪詛を発動させて、宇緑を殺すこと。この三年、お前の居場所が掴めなかったが、典薬寮にいたのか?」  雲類鷲の手に力が入る。 「っ……あっ」  顎を強く引っ張り上げられる。喉が締まって、声が出せない。 「随分大事に隠されていたものだな。お前の居場所が掴めれば、我らも早くに動けたものを」  雲類鷲が、ぎりっと歯軋りした。 「まぁ、いい。結果的に目的は達した。隠されていた三年で、宇緑との情は繋げただろう。これから存分に役に立て」  雲類鷲の手から呪力が溢れ出た。伸びた呪力の光が、螢緋の頭に触れる。 「なに、を……ぁ……あ!」  知らないはずの景色が、顔が、想いが、胸の中に溢れてくる。 「記憶を戻してやる。自分が何者か思い出せ。宇緑を祟る狐火になれ」  雲類鷲がいやらしく笑んだ。 (あの、幼い子供は、宇緑……あの頃の景色の中で、宇緑が笑う)  頭の中に、幼い宇緑が流れてくる。 『螢緋の狐火は、綺麗だね。緋色の瞳は、もっと綺麗だ』  宇緑の姿が、少年から青年を行ったり来たりする。どの顔も笑っている。 (俺は、稲荷社の神使……狐神……緋色の狐火を纏う、螢緋……)  花山稲荷大明神の社に、少年がいる。  少年はランドセルを降ろし、学生服を着て、高校生になっても、螢緋に会いに来た。 (そうだ、俺は幼い宇緑を知っている。ずっと、見ていたんだ)  最後に会ったのは、宇緑が大学二年に進学したばかりの春だった。  その後、すぐに雲類鷲に掴まって、記憶を封じられた。何もわからないまま、宇緑の命を狙った。 (あの時から、宇緑は、気付いていたのか)  暗殺者として捕まった時も、宇緑は螢緋の緋色の瞳を褒めた。 (だから、宇緑は……)  螢緋が抱えている何かを、探し続けてくれた。 「うろ、く……」  涙が一筋、頬を伝った。胸の真ん中が熱い。何かが膨らんで張り裂けそうに苦しい。  雲類鷲が、螢緋の胸に手を置いた。熱の無い冷たい感触に、体が震える。 「狐神、宇緑を(のろ)え」  雲類鷲の声が耳の中に木霊した。膨張する胸に呪いの言葉が染み込む。  ドクン、と螢緋の視界が揺れた。鼓動が今までにないくらい早い。 「ぁ……あ、ぁ」  記憶が雪崩のように頭の中に流れた。同時に熱い神力が、胸の奥から溢れる。  神力に押し上げられるように、胸の奥が膨張する。強い穢れを自分の中から感じる。 (膨れ上がっているのは、呪詛だ)  胸の中の呪詛が膨張して、邪魅が弾け出そうだ。 「ダメ、だ……今、混じったら」  きっと自分は祟り神になる。  体がガタガタと震える。全身が呪詛を拒否している。 「大丈夫だよ、螢緋。もっと苦しくして、気持ちよくなろうね」  目の前に立った粧が、螢緋に向かって微笑んだ。 「よそい……」  粧が手に持ったナイフを振り上げた。 「ダメだ! やめろ……そんなことしたら」  祟り神になったら、取り返しがつかない。螢緋は震える手を粧に伸ばした。  振り上げたナイフで、粧が自分の胸を貫いた。 「あは……気持ち、いい……わけ、ないよ」  顔を歪ませた粧が、膝から崩れた。 「粧……!」  螢緋は倒れてきた粧の体を受け止めた。 「ごめん……螢緋。僕を、殺して」  耳元で粧の声がした。粧の体が螢緋の腕をすり抜けて、床に沈んだ。  胸から流れ出た血が床に流れる。 「よそい……粧!」  喉が潰れそうなほど、叫んだ。胸の奥が、焼けそうなほど熱く膨れ上がった。  ――パリン  胸の奥で、何かが割れた音がした。 「もう、無理だ」  呟いた声が自分のものかも、わからなかった。

ともだちにシェアしよう!