32 / 33
第32話 祟り神の天罰
螢緋の中から邪魅に塗れた神力が吹き出した。
部屋の中が真っ黒に染まる。
溢れる神力の圧で、鈴音と紫葉が吹き飛んだ。
「ぎゃっ」
紫葉が壁に体を強打して、小さな悲鳴を上げた。
「さすが、本物の祟り神は圧巻だぁ」
飛ばされた先で、鈴音がうっとりと螢緋を眺めた。
「何いってんだ、ヤバすぎるだろ。聞いてたのと違うぜ、才貴さん!」
紫葉が慌てた様子で顔を引き攣らせている。
「予想以上に上質な化物が出来上がった」
雲類鷲が興奮した様子で螢緋を見詰めた。
シュウウウ――
空気が蒸発するような音が聞こえる。
それが自分の呼吸の音だと気が付いて、螢緋の心が静かに高揚した。
邪魅を纏った神力が体から滲むのが心地良い。
「あぁ……気分が良いな」
これまで感じたことがないような晴れやかな気分だ。
鈴音が螢緋に歩み寄った。
「うわぁ、いいなぁ。神力が穢れて真っ黒だ。この穢れた神力を使って呪具、作りたいなぁ」
鈴音が螢緋の肌に纏わりつく神力を指で掬った。
「ねぇ、お前はどんなことができるの? そこで転がってる僕のペット、殺して見せてよ」
鈴音が床に倒れる粧を指さした。
粧の周囲にはおびただしい血が流れている。その中で、ビクビクと体を震わせて虫のように呼吸していた。
「人間を殺すのは、簡単だ。やって見せようか」
「観たい、見たい! どんな風に殺すの? やっぱり狐火も穢れて黒いのかな。その狐火、僕に分けてよ」
興奮する鈴音に手を伸ばす。その頭を掴み上げた。
「……は?」
鈴音が低く呻った。
「何してるの? 僕じゃなくて、あっちのペットだよ」
螢緋を睨み上げる鈴音を、何の感慨もなく見下ろした。
「お前はいらない」
一言呟くと、手に力を籠めた。
ほんの少し神力を籠めただけで、鈴音の体が真っ黒な炎に巻かれた。
「ひぃ、いやぁ! 僕じゃない。僕は死にたくない。やめろ!」
じたばたする鈴音を更に黒い狐火で焼いた。
「お望み通り、黒い狐火だ」
「僕を焼くな、やめて、助けて……ぎゃぁぁ…ぁぁ…ぁ」
声が聴こえなくなった頃、狐火を解いた。
真っ黒な消し炭になった鈴音の体が、床に転がった。
「ひぃ!」
紫葉が短い悲鳴を上げて、腰を抜かした。
「この威力、素晴らしいな」
雲類鷲が遠巻きに螢緋を眺めた。
「やっと呪詛が動き出した。さぁ、お前が殺すべき相手の名を、言ってみろ」
雲類鷲の声が、螢緋の胸を震わせた。
感情とは無関係な衝動が湧き上がる。
「あ……ぁ、宇緑を……花山院宇緑を、殺す。殺したい」
体がビクビクと震えて、口が勝手に動く。
「そうだ、その衝動に従え。お前は私の呪具だ」
雲類鷲の言葉に頷いた。
胸の内側が震え続けている。螢緋は息を飲んだ。
「早く、殺さないと」
螢緋はぐっと息を止めた。
足を踏ん張ると、雲類鷲に向かって一足飛びに距離を詰めた。
「なっ……」
声を発するより早く、長い爪を雲類鷲の胸に突き刺した。
「俺は呪具じゃない、祟り神だ。お前は、いらない」
ぐりぐりと手首までを貫き通す。突き刺した自分の手を、素早く引き抜いた。
派手に血が噴き出して、雲類鷲の体が倒れた。
「ど、どうしてっ……ぐふっ」
雲類鷲が口から血を吐いた。
その体がビクビクと数回震えた後、動かなくなった。半開きの目から光が消えた。
「これでじっくり、宇緑を殺せる」
もう宇緑を狙う呪禁師はいない。螢緋だけが宇緑を殺せる。そう思ったら、胸が躍った。
振り返った螢緋の目が、紫葉を見付けた。
「ひぃぃ! 俺は関係ない! 知らない!」
後ろに下がろうと足をじたばたさせている。力が入らないらしく、立ち上がれないでいる。
「お前は、どうでもいい」
紫葉を一瞥する。螢緋の目は、粧に向いた。
血の海を歩いて、粧の体を抱き上げる。胸に刺さったナイフを抜いたら、どぷりと血が溢れた。
傷口に手を当てて、神力を灯す。血が止まり、傷が塞がった。
「うっ、はぁ……」
弱かった呼吸が、強さを取り戻した。抱き上げた粧の体をベッドに寝かせた。
「粧……」
粧の姿を見詰める。切ない思いが胸の奥から、じわりと湧き上がった。
「次は、宇緑を殺すか」
自分の胸に手を当てて、螢緋は呟いた。胸の奥で熱く脈打つ呪詛が切なさを掻き消した。黒い衝動が、螢緋を導いた。
ともだちにシェアしよう!

