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第34話 最悪な報せ
粧と螢緋が消えて慌てていた典薬寮に、新たな報せが舞い込んだ。
「螢緋が、祟り神になった」
重症の粧を抱いて転がり込んできた紫葉の第一声に、一同は騒然とした。
事の顛末を、紫葉が掻い摘んで説明した。
「最も恐れていた事態になりましたね」
終夜が息を飲んだ。
「神力と記憶を封じたまま呪詛だけ発動させれば、祟り神にはならなかったんだぞ。どうして、そんな危険な真似を!」
遊馬が紫葉の胸倉を掴み上げた。
「俺は知らねぇよ! 才貴さんが記憶を戻してから、呪詛を発動させて」
「雲類鷲なら、やりそう。より危険な存在に螢緋を押し上げてから、宇緑さんを狙わせる。それで自分が殺されるのは、無様だけど」
桂伽が淡々と吐き捨てた。
「どちらにしろ、今更だよ。螢緋は祟り神になった」
宇緑は粧に目を向けた。
終夜が回復術を施している粧は、確実に致命傷だった。その傷を治療した痕跡がある。
「粧を治療した術者がいるよね。誰?」
宇緑の問い掛けに、紫葉が目を泳がせた。
「幻中粧の傷を治したのは、螢緋だ」
紫葉が小さな声で答えた。
「……そうか。しかも螢緋は、俺に殺しに来てくれと、頼んだんだね?」
宇緑の問い掛けに、紫葉が頷いた。
「俺に幻中を預けて、そう頼んで、逃がしたんだ」
宇緑は腕を組んで頷いた。
「螢緋はまだ、完全に祟り神に堕ちたわけじゃないってことだ」
皆の視線が、宇緑に向いた。
「とにかく急いで螢緋の元へ向かおうぜ、宇緑さん」
前のめりになる遊馬を、宇緑が制した。
「行くのは俺だけ。他は全員、待機だよ」
「待ってください。さすがに認められません」
宇緑の言葉に被せて、終夜が否定した。
「終夜は粧の治療があるから、いけない。俺と遊馬は行ける」
桂伽が宇緑を見上げた。終夜が粧に目を向けた。
「ダメだよ。祟り神なんて、人間にどうにかできる存在じゃない。桂伽と遊馬を庇いながら今の螢緋と戦うのは、さすがに俺も荷が重い」
宇緑を見詰めて、遊馬が顔を強張らせた。
「俺たちは、足手纏いか」
「今回に限ってはね。楽々浦鈴音の毒を回避できないレベルでは、足手纏いだ」
遊馬が悔しそうに目を逸らした。
「俺は後衛型だから、使えるかも」
桂伽の提案に、宇緑は首を振った。
「桂伽は、螢緋と特に仲が良かっただろ。だから、連れて行かない」
「本当に螢緋を殺す気?」
桂伽の気が殺気立った。
「どうにもならなければね。俺が死んだら、すぐに特殊係に連絡してね、終夜」
「……わかりました」
粧に目を落としたまま、終夜が振り向かずに返事した。
「終夜、なんで素直に返事してるの。俺は納得できない」
桂伽が声を荒げて立ち上がった。
「それだけ危険なんですよ。宇緑さんですら解決できる可能性は低い。それくらい祟り神は危険なんです」
終夜が俯いたまま、悔しそうに歯軋りした。その姿を見詰めて、桂伽が言葉を失くした。
宇緑は紫葉に目を向けた。
「螢緋がいる家まで、俺を連れて行ってくれる?」
「俺が?」
紫葉が怯えた顔をした。
「他に場所を知っている者がいないんだから、仕方ないだろ」
「そうだけど」
紫葉の顔が蒼褪めている。
「あの場で死んでいても、おかしくなかったんだ。拾った命なら有効活用させてもらうよ」
笑いかけたら、紫葉の顔色が更に悪くなった。
「それじゃ、行ってくる……」
桂伽が宇緑の腕を引いた。
「危険でもいい。死んでもいい。螢緋を取り戻しに行く」
桂伽が宇緑を睨んだ。
「俺だって螢緋と宇緑さんが大事だよ」
「俺も同じだ。ダメだと言われても、行く」
遊馬が宇緑を見詰める。
二人を見比べる。その視線は衰えない。纏う気が増していく。
「典薬寮には、頑固者しかいないね」
宇緑は息を吐いた。
「螢緋は……戻るよ」
弱々しい声が聞こえた。粧が顔を上げていた。
「粧、起き上がるな」
起き上がろうとする粧を、遊馬が支えた。
「僕を治してくれたのは、螢緋だ。雲類鷲と鈴音を殺した後だったのに、僕のことは、殺さなかった」
粧が胸を抑えて宇緑を見詰める。
「僕も行くよ。僕だって、終夜だって、ここで行かなかったら、一生後悔するんだ」
粧が言い切った。終夜もまた、頷いている。
「私だって、螢緋を見捨てるような真似は、したくありませんよ」
終夜が眉を下げた。
「死んでも、良いんだね」
宇緑の問いに、粧は迷いなく頷いた。
「命を懸けるなら、今しかないでしょ」
粧を他の誰も止めない。終夜でさえ、同じ目で宇緑を見詰めている。
(連れて行けば、その場で総てを失うかもしれない)
皆の命も、自分の命も、今まで積み上げてきたもの総てを失うかもしれない。
それでも、仲間の想いをこれ以上、無碍にできない。
(皆、馬鹿だな)
いざとなれば体を張って宇緑を守る仲間たちだ。
失いたくないから連れて行かないのに、そういう宇緑の気持ちは汲んでくれないらしい。
「……皆のことまで、庇えない。自分の命は自分で守ってよ」
そう、言うしかなかった。皆の顔が明るく輝いた。
「皆で螢緋を取り返しに行きましょう」
終夜が待っていたと言わんばかりに口を開いた。
終夜にまで本音を言われたら、もう反対できない。
「困った奴らばっかり」
呟いた自分の言葉に、宇緑は自分で笑った。
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