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第35話 変わり果てた姿
紫葉が車を走らせた先は、左京区北部、岩倉だった。
「この辺りだと、雲類鷲さんの別荘だね」
雲類鷲が幾つも別荘を持っているのは、呪禁師協連でも有名だ。
特に岩倉の家には、懇意の術師を招いていた。
「その通り、雲類鷲さんの別荘っすよ。本人は死んじゃいましたけどね」
紫葉が山裾に向かい走る。
すっかり夜が降りた道路は住宅が少なく、街頭もない。真っ暗な道を走っていく。
目の前に、巨大で真っ赤な炎の塊が現れた。
紫葉が突然、急ブレーキを踏んだ。
「なっ、んだ、あれ……火事?」
山裾沿いにある家が燃え盛る炎に覆われている。しかも、普通の燃え方ではない。
「いや、違う。あれは神力だ。敷地に入ってくれ」
宇緑は助手席から指示した。赤く見えていた炎が黒に色を変えた。
たくさんの黒い狐火が縦横無尽に家を覆い尽くしている。
「家が、雁字搦めにされてる」
桂伽が息を飲んだ。
宇緑は、家の中に目を凝らした。二階の奥に、同じように黒い神力の塊を感じる。
紫葉が駐車場に車を停めた。
「あとは好きにしていいよ。ご苦労様」
紫葉に言い残して、宇緑は車を降りた。
改めて、真っ黒に燃え盛る家を見上げた。
「螢緋の神力が、穢されている」
呟いて、宇緑は口惜しさを飲み込んだ。
雲類鷲如きの悪意で大事な螢緋が穢された。あの男に隙を見せた自分が許せない。
「……行こうか」
万人を拒むような黒い狐火を、霊力を纏った手で払い除ける。
宇緑は玄関のドアを開けた。
「ちょっと、待って」
家の中に入ると、粧が皆を止めた。
粧が両腕を広げると、霊気の粒子が全員を包んだ。
「簡単な結界を張っておく。強い衝撃で壊れるから、気を付けて」
ぐらりと、粧の体が傾いた。
「無理してはいけませんよ、粧」
終夜が粧の肩を支えた。
「命の掛け所って言ったよね」
粧が笑う。顔色も悪いし、笑みがぎこちない。
「命はかけちゃダメだよ。全員、危険だと思ったら逃げる。終夜は必ず特殊係を呼ぶこと」
「宇緑さんも同じですよ」
終夜の言葉には返事をせずに、宇緑は階段を上った。
二階の中央の部屋から、強い神力を感じる。
視覚でも確認できるほど、黒く穢れた神力が扉の隙間から漏れている。
「あの部屋で、間違いないな」
遊馬が息を飲んだ。神力の圧だけで息が詰まる。
宇緑は先を歩き、部屋の前に立った。
黒い神力の圧が、一際強くなる。突風になって、宇緑の正面から走り抜けた。
「うわっ」
吹っ飛びそうになった桂伽の体を遊馬が受け止めた。
「扉を開ける。両脇に避けて」
皆が左右に二人ずつになり、扉の正面を避けた。それを確認すると、宇緑は扉に手をかけた。
観音開きの扉を、開け放つ。
殺気の突風よりずっと強い神力が、部屋の中から吹き出した。少し吸い込んだだけで、胸が悪くなり吐き気がする空気だ。
「うっ……」
後ろで粧が声を上げ、蹲る気配がした。
「……宇緑、か?」
部屋の奥から、螢緋の声が低く呻った。
「螢緋……」
宇緑は、目を逸らしそうになるのを必死に耐えた。
大きなベッドの上で、両手足を黒い狐火の紐に縛られた螢緋が座り込んでいる。
その姿は、昔から知っている懐かしい狐神の姿に似ていた。
違うのは髪色と、落ち着かない目の色だ。緋色と黒が点滅するたび、螢緋が歯を食いしばる。
手足に力が入って、皮膚がボロボロに引き千切れている。
痛々しい様に、宇緑の胸が軋んだ。
「俺に殺されに来たのか、宇緑」
愉快そうに歪んだ目は、黒い。
(螢緋は美しい緋色の瞳をしていた。あの目に戻せれば)
宇緑は目を凝らした。
螢緋の胸の真ん中に、真っ黒な玉が見える。そこから黒い神力が漏れ流れている。
(あれが呪詛か。やっと見つけた)
三年間、探しても見付けられなかった呪詛だ。発動したことで、ようやく在処を確認できた。
(神力が絡んでさえいなければ、取り除くのは簡単だったのに)
呪詛の塊は黒い神力をねばつかせて、螢緋の胸に張り付き根を張っている。
何とかして取り除かないと、螢緋は確実に祟り神に堕ちる。
宇緑は一歩、部屋の中に入った。
「宇緑さん! 一人で行くのは危険です」
終夜が慌てた声を上げた。横目に後ろを振り返る。
座り込んだ粧を治療しながら、終夜が心配そうな目を向けている。
神力の圧に弾き飛ばされた桂伽が遊馬に支えられたままだ。意識が混濁しているのか、目の焦点が合っていない。
黒い神力にあてられているのか、遊馬の顔色も悪い。
(あれでは、四人は部屋の中にすら入れない)
祟り神の神力にあてられている状態でこれ以上近付けば、命が危険だ。
宇緑は四人に向かい、微笑んだ。
「終夜、後は頼むね」
部屋の中から、指を弾く。扉がひとりでに閉じた。
「待ってください、宇緑さん!」
終夜が扉を叩く音が部屋中に響く。
「宇緑さん! 螢緋!」
終夜の声を後ろに聞きながら、宇緑は螢緋に向き合った。
仲間の声は、螢緋には届いていないようだ。さっきから螢緋の目は宇緑しか見ていない。
(こんな時ですら、螢緋の視線を独占できるのが嬉しいなんて、どうかしているな)
緋色と黒を行き来する瞳を見据える。
「宇緑……!」
名を呼んだ螢緋の顔が、切なく歪んだ。
その後、すぐに愉悦を昇らせた。瞳の緋色を黒が塗り潰す。
「螢緋の中の呪詛を殺しに来たよ」
相打ちになっても螢緋を取り戻す。
決意を新たに、宇緑は一歩ずつ慎重に螢緋に近付いた。
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